定年後再雇用者の給料を下げることについて、どのように考えれば良いのでしょうか? 同一労働同一賃金の観点から気になっています。
また、最近、契約社員やアルバイトに関する同一労働同一賃金の裁判例で、賞与や退職金の相違が不合理であると認められた事例があると聞きましたが、その内容について教えて下さい。
再雇用者の職務内容、職務の内容及び配置変更の範囲、その他の事情(年金支給等)を検討し、それらに応じて説明のつく範囲の相違であるのか検討します。違いがない、又は違いがあっても微妙なケースでは賃金・手当などの賃金構成の工夫・配慮や労使交渉の結果で、賃金額等を決定していくことが重要になってきます。
最近の賞与や退職金の裁判例については、解説にてご確認下さい。
【1】定年後の職務の内容や働き方を変更する場合
高年齢者雇用確保措置によって確保されるべき雇用の形態については、必ずしも労働者の希望に合致した職種・労働条件による雇用を求めるものではなく、本措置を講じることを求めることとした趣旨を踏まえたものであれば、常用雇用のみならず、短時間勤務や隔日勤務なども含めて多様な雇用形態を含むものと解されます。
したがって、最賃法等の強行規定を遵守する限り、いかなる処遇での再雇用とするか、賃金水準・雇用期間、雇用形態、労働時間・日数等は、使用者と労働者の間で決めることができると考えられています。ただし、これまで週5日だったものを週1日勤務にするなど、実質的に再雇用とはいえないような、高年齢者雇用安定法の雇用継続制度の趣旨に反するような場合には、指導等を受ける可能性があります。
実際に裁判になった事例として、次のようなものがあげられます。裁判の傾向としては、職務内容や賃金が変更されること自体は直ちに違法となるものではありませんが、高年齢者雇用安定法の趣旨に反するような大きな変更については違法と評価されることがあるとする傾向が読み取れます。
- 学究社(定年後再雇用)事件(東京地立川市判平30.1.29労判1176-5)
塾の講師の事例で、正社員の専任講師から定年再雇用後は時間講師に変更。月給から時給に変更され、コマ数と実施した内容により時給で支払われる。給与は退職前の30~40%前後が目安。
⇒正社員と業務内容・責任の程度に差があり、定年後継続雇用時の賃金引き下げは一般的に不合理とはいえないことから、労契法20条に違反しない。 - L社事件(東京地判平28.5.25労判1144-25)
企業等が保有する役員車等の運行管理業務全般を受託する企業の車両管理者の事例。受託先や管理車両等の異動に関する配慮の有無、手待ち時間や運転業務に従事する時間の長さ等の点から、Xの職務内容と満60歳に達するまでの車両管理者の職務内容が同等・同質なものであるとは認められない。60歳以上の嘱託契約社員の年収は60歳未満の社員の8割程度。
⇒Xが60歳未満の社員の8割程度の年収を得ていたことからすれば、満60歳に達しない者との間の格差が社会通念上不相当であり、不合理な差別であると一概に断じることはできない。 - トヨタ事件(名古屋高判平28.9.28労判1146-22)
定年後は事務職ではなく清掃等の業務を提案し、時給1000円、1日4時間勤務を提案した事例。
⇒定年前と全くことなる業務(事務職から清掃等業務)への提案は、高年齢者雇用安定法の趣旨に反する違法な行為とであるとして、使用者に損害賠償(1年分の賃金見込み額)を命じた。 - 九州総菜事件(福岡高判平29.9.7労判1167-49)
月額約33万円から再雇用後は時給900円のパート(月16日、勤務時間8:30~15:30、業務量も減少)を提案。
⇒労働者の希望とは異なる大幅な労働時間・賃金減少の提案(労働時間約45%減、賃金約75%減)に使用者が終始したことについて、高年齢者雇用安定法の趣旨に反する違法な行為とであるとして、使用者に損害賠償(慰謝料100万円)を命じた。
【2】職務の内容、労働時間、日数などに変更が無い場合
一方、職務内容、労働時間・日数等は変更がないにも関わらず、有期契約の定年後再雇用者の賃金の構成や額を変更することについては、どのように考えればよいのでしょうか。この点、定年後再雇用者の労働条件の引下げが、労働契約法20条に反するのではないかと争われた、長澤運輸事件(最判平30.6.1労判1179-34)が参考になります。
同事件は、Y社定年後、同社の有期契約の嘱託社員として再雇用されたトラック運転手3名Xらが、定年前と同じ業務なのに賃金を下げられたのは不当であり、正社員と同じ賃金が支払われるべきとして、Y社を訴えた事例です。有期契約労働者の「職務の内容」並びに「職務の内容・配置の変更の範囲」が無期契約労働者と同一のケースです。
まず、最高裁は、定年後再雇用であることについて、定年制は賃金コストを一定限度に抑制するための制度であること、再雇用者も定年退職するまでの間、正社員として賃金の支給を受けてきたこと、生活を保障する老齢厚生年金の支給も受けられることは、賃金格差の不合理性を判断する考慮要素になりえると判断しました。
その上で、個々の賃金項目ごとにその趣旨に基づいて不合理性が判断されるため、定年後再雇用であるという事情と無関係の給付については、正社員と同一の支給が求められることがあることを示しました。例えば、精勤手当は定年後再雇用者であってもなくても支給するものであるため、定年後再雇用者には支給しないことは不合理とされました。一方、住宅手当や家族手当の生活費を補助する趣旨で支給されている手当については、老齢厚生年金や調整給の支給で補填されるため、支給しないことについて不合理と言えないとしました。
また、定年後再雇用であることと関連する賃金項目についても、事情の違いに応じた均衡処遇がとれているか判断しています。基本給相当部分については、使用者の賃金設計上の配慮・工夫や団体交渉を経た調整給の支給等の事情を考慮に入れて、正社員との約2%から12%の相違は不合理ではなく、賞与を含めた年収の相違は21%程度であり、成果の反映と収入の安定のために配慮された賃金体系であることからすると不合理とは言えないとしています。
ポイントは、基本給相当部分は1割前後、賞与を含む賃金全体で2割程度の相違は不合理ではないとされている所です。ただし、これは労使交渉を経て、調整給など再雇用者に配慮した点が有利に働いた要因であり、このような事情がなければ厳しい判断になった可能性があります。
【3】対応策
まずは、定年の前後で、①職務の内容(業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度)、②職務の内容及び配置の変更の範囲に違いがあるのか検討が必要です。職務内容や人事異動の有無・範囲等に違いがあれば、それらに応じて説明のつく範囲での労働条件の相違であるのか検討します。
職務内容や人事異動の有無・範囲等に違いがない、違いがあっても微妙なケースでは、長澤運輸事件のように、再雇用者に対する賃金・手当などの賃金構成の工夫・配慮や労使交渉の結果で、賃金額等を決定していくことが重要になってきます。また、賃金額等を設定した趣旨等を具体的数値などで、説明できるようにしておく必要があります。一方、違いがあれば、それに応じた賃金等を設定しますが、この場合であっても長澤運輸事件のような決定経緯を経て、説明できるようにしておく必要があると考えます。
また、上記1の裁判例は、①や②が異なるケースですが、数値的には幅があるため、下げ幅はケースバイケースと言えます。さらに、①、②が同じケースは裁判例が積みあがっておらず、長澤運輸事件の下げ幅はあくまで例の一つと言えます。
【4】賞与や退職金についての同一労働同一賃金の最近の裁判例
最近の高裁の例を2つご紹介します。
(1)大阪医科薬科大学事件・大阪高判平31.2.15
アルバイト職員として教室事務員の業務に従事していたXが正社員との労働条件相違について労働契約法20条違反の有無について争った事例。(職務の内容及び配転の範囲に相違あり)
【不合理でない】賃金(基本給)、年末年始・創立記念日の休日における賃金支給、年休の日数、附属病院の医療費補助措置
賃金については、次の観点から判断されています。正社員とアルバイト職員には、実際の職務も配転の可能性も採用に際し求められる能力にも相当の相違があった。正社員は勤続年数に伴う職務遂行能力の向上に応じた職能給的な賃金、アルバイト職員は特定の簡易な作業に対応した職務給的な賃金の性格を有していた。正社員と2割程度の賃金格差があるが、アルバイト職員は短時間勤務者が6割を占めていたこと等から、アルバイト職員に、短時間勤務者に適した時給制を採用していることは不合理といえない。
【不合理である】賞与を支給しないこと、夏期特別有給休暇を付与しないこと、私傷病における欠勤中の賃金および休職給を支給しないこと
賞与について、「支給額は、正職員全員を対象とし、基本給にのみ連動するものであって、当該従業員の年齢や成績に連動するものではなく、被控訴人(以下Y社という)の業績にも一切連動していない。」「このような支給額の決定を踏まえると、Y社における賞与は正職員としてY社に在籍していたということ、すなわち、賞与算定期間に就労していたことそれ自体に対する対価としての性質を有するものというほかない。そして、そこには、賞与算定期間における一律の功労の趣旨も含まれるとみるのが相当である。」「先にみた賞与の支給額の決定方法からは、支給額は正職員の年齢にも在籍年数にも連動していないのであるから、賞与の趣旨が長期雇用への期待、労働者の側からみれば、長期就労への誘因となるかは疑問な点がないではない。仮に、Y社の賞与にそのような趣旨があるとしても、長期雇用を必ずしも前提としない契約社員に正職員の80%の賞与を支給していることからは、上記の趣旨は付随的なものというべきである。」「Y社は、アルバイト職員ではなく時給額で貢献への評価が尽くされているとも主張するが、具体的にどのように反映されているというのかは全く不明である」と述べています。
(2)メトロコマース事件・東京高判平31.2.20
東京メトロ駅構内の売店で販売業務に従事してきた契約社員4人が正社員との労働条件相違について労働契約法20条違反の有無について争った事例。(職務内容及び変更範囲に相違あり)
【不合理でない】賃金(基本給)、資格手当、賞与(正社員が本給2ヵ月分+17万6千円、契約社員Bは12万円)
正社員は、「職務の内容に関しては代務業務やエリアマネージャー業務に従事することがあり得る一方、休憩代替要員にはならないし、職務内容及び変更範囲に関しては売店業務以外の業務の配置転換の可能背があるのに対し、契約社員Bは、職務の内容に関しては原則として代替業務に従事することはないし、エリアマネージャー業務に従事することは予定されていない一方、休憩交代要員になり得るし、職務内容及び変更範囲に関しては売店業務以外の業務への配置転換の可能性はないという相違があるということができる。」とし、本給の金額としては正社員の「それぞれ74.7%、72.6%、73.6%と一概に低いとはいえない割合となっているし、契約社員Bには、正社員とは異なり、皆勤手当及び早番手当が支給されている。そして、このような賃金の相違については、決して固定的・絶対的なものではなく、契約社員Bから契約社員Aへ及び契約社員Aから正社員への各登用制度を利用することによって解消することができる機会も与えられている」としています。
また、「勤務条件についての労使交渉が行われたことも認められるから、そのような正社員がそのような労働条件のまま実際上は売店業務以外の業務への配置転換がされることなく定年まで売店業務のみに従事して退職することになっているとしても,それは上記事情に照らしてやむを得ないものというべきである。」と、労使交渉を重視した判断もなされています。
【不合理である】住宅手当、退職金、褒章、早出残業手当
退職金については、「一般論として,長期雇用を前提とした無期契約労働者に対する福利厚生を手厚くし,有為な人材の確保・定着を図るなどの目的をもって無期契約労働者に対しては退職金制度を設ける一方,本来的に短期雇用を前提とした有期契約労働者に対しては退職金制度を設けないという制度設計をすること自体が,人事施策上一概に不合理であるということはできない。もっとも,第1審被告(以下Y社という)においては,契約社員Bは,1年ごとに契約が更新される有期契約労働者であるから,賃金の後払いが予定されているということはできないが,他方で,有期労働契約は原則として更新され,定年が65歳と定められており,実際にも控訴人X2及び控訴人X3は定年まで10年前後の長期間にわたって勤務していたこと,契約社員Bと同じく売店業務に従事している契約社員Aは,平成28年4月に職種限定社員に名称変更された際に無期契約労働者となるとともに,退職金制度が設けられたことを考慮すれば,少なくとも長年の勤務に対する功労報償の性格を有する部分に係る退職金(退職金の上記のような複合的な性格を考慮しても,正社員と同一の基準に基づいて算定した額の少なくとも4分の1はこれに相当すると認められる。)すら一切支給しないことについては不合理といわざるを得ない。」と判断しています。このように、退職金の趣旨と実態が一致しない点を指摘されています。
(3)上記2つの高裁判決を踏まえた現時点での対応策
同一労働同一賃金の裁判については、統一的な基準等に整理することが難しく、ケースバイケースの判断になっていると言わざるを得ません。今後の事例の集積や最高裁判決が待たれますが、現時点での高裁判決を踏まえた対応策として、①各労働条件の趣旨を確認し、その趣旨に適合するよう運用、規定等を見直す、②抜本的に正社員、契約社員等の賃金制度を見直す、③他の事例や最高裁等でより明確になるまで現状を維持する(ただし自社で争いや裁判等になった場合にはすぐに見直す)、などが考えられます。
大阪医科薬科大学事件を踏まえて、現時点で賞与についての対応策を考察すると、次のようなことがあげられます。
- 正社員の賞与を決定する際、本人成績や会社業績を反映させる。
- 有期契約者の時給額について賞与が無いこととのバランス、理由など検討し、必要に応じて見直す。
- 長期雇用が前提でない労働者には賞与を支給せず、他の方法を検討する。
- 労働組合がある会社では、正社員の賞与に加えて、有期契約者の時給アップ等と併せて交渉し決定する。
また、退職金については、その趣旨と実態とを見直しておくことが考えられます。
なお、抜本的な改革については、経営側に相応の負担や正社員の不利益変更なども想定されますので、今後の判例等の動向見ながら、検討していくことでよいと考えます。