1. 採用面接で病歴を聞いてもよいでしょうか?
  2. 内定後に病気が分かった場合に内定取消はできるでしょうか?
  3. 試用期間中に病気で休みが続く場合、本採用拒否できるのでしょうか?

  1. 任意の質問として回答を求めることは可能です。ただし、HIV感染症等の社会的差別につながるおそれのある病歴は求めてはなりません。また、レピュテーションリスクにも留意しておく必要があります。
  2. ①入社日から勤務開始できない、②当初約束した内容の労務提供が継続的にできないといったような場合、内定取消できる可能性があります。ただし、入社日から1~2か月程度で就労できる見込みがある場合は取消は難しいと考えます。
  3. 就業規則に試用期間中は休職の適用を除外する旨定めがあり、試用期間終了の段階において療養中で、本採用以降の就労の目途が立っていないという状況の場合、本採用を拒否できる可能性があります。

採用時の健康情報、健康状態による内定取消、試用社員の本採用拒否

1.採用時の調査と採用の自由の根拠

  企業の採用の自由は一定の範囲で認められていますが、応募者の採否を判断するために、本人から一定事項の申告を求めるなどの調査についても、最高裁は調査の自由を肯定しています(三菱樹脂事件・最高裁大法廷判昭48.12.12・労判189-16)。
ただし、プライバシー保護の観点から、この調査の自由に対し一定の配慮が求められています。例えば、職業安定法は、労働者の募集を行う者は、応募者の個人情報を収集するにあたっては、「その業務の目的の達成に必要な範囲内で、厚生労働省令で定めるところにより、当該目的を明らかにして求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。ただし、本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない。」と規定しています(第5条の5)。
また、同法に基づく指針では、次に掲げる個人情報を収集してはならないとしたうえで、特別な職業上の必要性が存在することその他業務の目的に必要不可欠であって、収集目的を示して本人から収集する場合は、この限りでないとしています。

  1. 人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項
  2. 思想及び信条
  3. 労働組合への加入状況
    (「職業紹介事業者、労働者の募集を行う者、募集受託者、労働者供給事業者等が均等待遇、労働条件等の明示、求職者等の個人情報の取扱い、職業紹介事業者の責務、募集内容の的確な表現等に関して適切に対処するための指針」平成11年労働省告示第141号)

  さらに、厚生労働省が示している「公正な採用選考の基本」では、採用選考時に配慮すべき事項として、①や②のような適性と能力に関係がない事項を応募用紙等に記載させたり、面接で尋ねて把握することや、③を実施することは、就職差別につながるおそれがあるとしています。

  1. 本人に責任のない事項【本籍、出生地、家族に関すること(職業・続柄・健康・地位・学歴・収入・資産)住宅状況、生活環境、家庭環境等】
  2. 本来自由であるべき事項【宗教、支持政党、人生観、生活信条、尊敬する人物、思想、社会運動(労働組合・学生運動)、購読新聞、雑誌、愛読書等】
  3. 採用選考の方法【身元調査、合理的・客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断の実施】

2.健康情報、病歴の申告

  上記指針においては、健康情報は収集の禁止事項に該当していません。一方「病歴」は個人情報保護法における「要配慮個人情報」(同法第2条3項)であり、これを取得するには、原則として、あらかじめ「本人の同意」が必要です(同法20条2項)。また、職安法は、「その業務の目的の達成に必要な範囲内で」の収集を求めることとしています。従って、会社が病歴を質問する際は、その回答の内容がその業務の目的の達成に必要でなければならず、応募者に対し、調査の目的や業務上の必要性を十分に説明する必要があります。その上で、任意の質問、すなわち答えたくない場合は答えなくてよいとして、回答を求めることが必要です。また、面接で病歴を聞く方法のほかに、病歴記入欄を設けた経歴書を作成し、応募者に記入してもらう方法も考えられます。ただし、病歴の中でも社会的差別につながるおそれのあるようなHIV感染症やB型・C型肝炎、色覚異常などは、求めてはならないと考えます。また、レピュテーションリスクについても留意しておく必要はあります。
 裁判例では、精神病薬服用の有無を問われたのに対し原告(精神保健福祉士)がこれに応えず秘匿したことや、勤務不良により退職勧奨を受け退職したケースで、退職の意思表示は被告からの強迫によるものであるからこれを取り消すとして、地位確認と未払賃金の請求をしたという事件があります(東京地判平20.4.25判例秘書搭載L06331158)。裁判所は服薬の有無を質問することは、既往歴と服薬に関する質問が無関係とはいい難いとし、採用された場合は職務上自動車運転を要するところ、抗精神薬のうちには自動車運転が制限されるものが多いことから、上記の質問をしたものと認められるが、原告の上記対応は虚偽の告知をしたものであって、被告の就業規則には、「重要な経歴および病歴を偽り採用されたとき」との懲戒解雇事由の定めがあることからすると、上記の点は、解雇事由として考慮されるべき事情に当たると言わざるを得ないとしたものがあります。本件では、退職勧奨には相応の理由があると判断しており、採用時に精神疾患の病歴や服薬を質問することは争点にはなっていませんが、もしこの点が争われた場合には適法と判断した可能性もあります。
入社後、虚偽の申告であったことが判明した場合、その従業員が健康で働いている限りは、懲戒解雇や普通解雇の事由にはならないと考えます。労働契約を解消するほどの重大な経歴詐称には該当しないからです。しかし、病状が悪化して完全な労務提供ができなくなったとき、従業員と今後の対応を話し合う際、病歴なしとの虚偽の申告が、使用者に有利に働く可能性は考えられます。

3.健康を理由とした内定取消

  採用から入社に至る一般的な流れは、新規学卒者の場合、「使用者による労働者の募集→学生からの応募→採用試験・面接等の実施と合格決定→採用内定通知書の送付、内定者からの誓約書等の提出→入社日(多くは4月1日)における入社式と辞令の交付」というものです。採用内定の通知書が本人に届いた時点で、または本人が内定式に出席し、誓約書等を提出した等の段階で、一定の条件付きの労働契約が成立し、この状態が内定といわれています。
「一定の条件付きの労働契約」とは、いわゆる「始期付解約権留保付労働契約」のことです(大日本印刷事件・最高裁二小判昭54.7.20、電電公社近畿電通局事件・最高裁二小判昭55.5.30)。新規学卒者の場合、大学等を卒業して働き始める時期(多くは4月1日)を、就労または労働契約の効力発生の始期とし、採用内定通知書等に記載されている採用内定取り消し事由が生じた場合に解約できることを条件とする労働契約が成立したと解されています。この地位は、試用期間中の従業員と同様で、違いは、4月1日から就労するという意味で「始期付」という言葉がついているだけです。
採用内定の取消事由は「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる」と解されています。解雇権濫用法理を、留保解約権に応用したものといえます。解約事由は、基本的には、採用内定通知書や誓約書に記載された「取消事由」(卒業不可、健康状態不良、経歴詐称等)を参考にすることになりますが、「取消事由」の記載が部分的で不十分な事案もあります。従って、採用内定取消しの適法性は、客観的に合理的で社会通念上相当として是認できる事由があるかどうかということになります。
 病気で入社日から働くことができない内定者の内定を取り消すことができるかという点については、新卒者の場合、3月31日の段階を基準として、4月1日から就労できるかどうかです。労務提供が不可能な場合は、内定を取り消すことができますが、客観的に1~2か月程度で就労できる見込みがある場合は、内定を取り消すことは難しいと考えます。精神疾患の場合はこの判断が難しくなりますが、治癒している(症状が固定)が、当初約束した内容の労務提供ができないという場合は、内定を取り消すことができると考えます。例えば、短時間しか勤務できず、残業や出張、異動が難しいという状況が今後も続くのであれば、約束した労務提供ができないといえますので、内定を取り消すことができる可能性があります。

健康状態による内定取消

  1. 入社日から勤務開始できるか
  2. 当初約束した内容の労務提供が継続的にできるか
    ただし、入社日から1~2か月程度で就労できる見込みがある場合は、取消は難しい。

4.試用期間中に健康を害した場合

  試用期間中は、解約権留保付労働契約が成立していると解されています(前掲・三菱樹脂事件)。つまり、ここでの留保解約権も「客観的に合理的で社会通念上相当として是認できる事由があるかどうか」ということになります。試用社員はすでに勤務しているため、内定取消に比べて、訴訟をおこされるリスクは高いですが、正社員の解雇よりは、契約解消についての企業の裁量は若干広く、訴訟をおこされるリスクも低いと考えられます。
 実務上、この試用期間中に、健康を害して出勤できなくなったという相談を受けることがあります。特に、新型コロナウイルスの感染拡大以降は、このような相談が増えたように思います。
このようなケースに備えて、就業規則において、試用期間中は休職の適用を除外する旨、定めておくことが重要です。その上で、例えば新卒入社の社員の場合、4月1日入社、6月30日に試用期間終了、7月1日に本採用となりますが、6月30日の段階において療養中で、本採用以降の就労の目途が立っていないという状況であれば、原則として本採用を拒否できると解されます。また、労働契約で約束した正社員としての労務提供が継続してできないということであれば、本採用を拒否できる可能性があります。この点は、上記の採用内定の取り消しと概ね同様に考えられます。

【就業規則規定例】
(休職)
第35条 従業員が次の各号の一に該当する場合は休職を命じることがある。ただし、休職に関する本節の規定は、試用期間中の従業員には適用されない。
1.私傷病による欠勤が休日を含み1ヶ月以上に及んだとき、または、欠勤が1か月以上に及んでいなくても、欠勤、出勤を繰り返し、完全な労務提供ができず相当期間の療養を要すると会社が認めるとき(以下、私傷病休職という)
  (略)