近く予定されている法改正について教えて下さい。また、今後の法改正の可能性のある検討事項についても教えて下さい。
- 雇用保険料率の引上げ【令和5年4月1日】
- 賃金のデジタル払い【令和5年4月1日】
- 育児休業取得状況の公表(1000人以上の企業対象)【令和5年4月1日】
- 中小企業の1か月60時間超の時間外労働割増率アップ【令和5年4月1日】
1.雇用保険料率の引上げ【令和5年4月1日】
雇用保険料率は平成23年度以降引き下げが続き、平成29年度からは9/1000という低い料率で推移していましたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響により給付金や助成金の利用が増え雇用保険財政が著しく圧迫されたことを背景に、令和4年度は2段階に分けて雇用保険料率が引き上げられました。引き続き令和5年度も労働者負担分、事業主負担分ともに雇用保険料率が引き上げられます。(平成23年度の水準まで戻ることになります。)
令和5年4月1日から令和6年3月31日までの雇用保険料率は以下のとおりです。原則として4月分給与の控除額から変更することになります。
2.賃金のデジタル払い【令和5年4月1日】
令和4年11月28日に労働基準法施行規則の一部を改正する省令(厚労令158)の公布により、令和5年4月1日から改正労働基準法施行規則が施行され、○○ペイなどのデジタル払いで賃金を支給できるようになります。これは、会社がデジタル払いを必ず認めなければならないというものではありません。また従来の預貯金口座振込の制度については、変更ありません。以下、「労働基準法施行規則の一部を改正する省令の公布について」(基発1128第3号・令4.11.28)及び「賃金の口座振込み等について」(基発1128第4号・令4.11.28)に沿って、デジタル払いを導入する場合の主な要件を整理します。
①預貯金口座への振込とデジタル払いの選択を労働者ができること
預貯金口座への振込においても労働者の同意は必要でしたが、デジタル払いの場合は一定事項を説明の上、労働者の同意を得る必要があります。説明事項は、厚生労働省の通達(前掲・基発1128第4号令4.11.28)をご確認下さい。
以下は、口座振込やデジタル払い(以下、併せて口座振込み等という)をする場合の同意事項です。同意書の様式は厚生労働省HPでも示されています。
②労働者に一定事項を説明し、個々の同意を得ること
預貯金口座への振込においても労働者の同意は必要でしたが、デジタル払いの場合は一定事項を説明の上、労働者の同意を得る必要があります。説明事項は、厚生労働省の通達(前掲・基発1128第4号令4.11.28)をご確認下さい。
以下は、口座振込やデジタル払い(以下、併せて口座振込み等という)をする場合の同意事項です。同意書の様式は厚生労働省HPでも示されています。
- 希望する賃金の範囲及びその金額
- 労働者が指定する金融機関店舗名並びに預金又は貯金の種類及び口座番号、労働者が指定する証券会社店舗名及び証券総合口座の口座番号、又は労働者が指定する指定資金移動業者名、資金移動サービスの名称、指定資金移動業者口座の口座番号(アカウントID)及び名義人(その他、指定資金移動業者口座を特定するために必要な情報があればその事項(例:労働者の電話番号等))
- 開始希望時期
- 代替口座として指定する金融機関店舗名、預金若しくは貯金の種類及び口座番号又は代替口座として指定する証券会社店舗名及び証券総合口座の口座番号(※)
※(4)はデジタル払いの場合に必要。口座内の資金が100万円を超えた場合、超過分等を労働者が指定する預貯金口座へ当日中に送金するため、代替口座番号を指定する。
なお、使用者又は使用者から委託された指定資金移動業者が、別途示す同意書の様式例を用いる等により、必要な事項を説明した上で、労働者名義の指定資金移動業者口座の指定が行われれば、使用者から同意を強制された等の特段の事情がない限り同意が得られたものとされます。
③労使協定を締結すること
過半数労働組合(過半数労働組合がない場合は過半数代表者)と、次に掲げる事項を記載した書面又は電磁的記録による協定を締結します。
- 対象となる労働者の範囲
- 対象となる賃金の範囲及びその金額
- 取扱金融機関、取扱証券会社及び取扱指定資金移動業者の範囲
- 実施開始時期
④所定の賃金支払日の午前10時頃までに利用できる状態になっていること
口座振込も午前10時頃までに払出しできる必要がありますが、デジタル払いも同様です。
⑤使用者は指定資金移動事業者一覧を確認の上、資金移動を行うこと
デジタル払いは厚生労働者が定める一定の要件を満たす指定資金移動業者口座に限られます。令和5年4月1日から、資金移動業者が厚生労働大臣に申請を行い、審査を経て指定されます。使用者は、指定資金移動事業者であることを、一覧で確認してから資金移動を行う必要があります。
3.育児休業取得状況の公表【令和5年4月1日】
常用雇用労働者数が1,000人を超える事業主は、毎年少なくとも1回、育児休業の取得の状況として厚生労働省令で定めるものを公表しなければなりません。インターネットの利用その他適切な方法で、一般の方が閲覧できるように公表してください。
公表内容は、次の通りです。
上記(3)の育児休業等とは、育児・介護休業法に規定する以下の休業のことです。
- 法第2条第1号に規定する育児休業(出生時育児休業(産後パパ育休)を含む)
- 法第23条第2項(所定労働時間の短縮の代替措置として3歳未満の子を育てる労働者対象)又は第24条第1項(小学校就学前の子を育てる労働者に関する努力義務)の規定に基づく措置として育児休業に関する制度に準ずる措置を講じた場合は、その措置に基づく休業
出生時育児休業(産後パパ育休)とそれ以外の育児休業等を分けて割合を計算する必要はなく、出生時育児休業(産後パパ育休)も含めた育児休業等の取得者数を計算すればよいものです。
上記(4)の育児を目的とした休暇制度とは、目的の中に育児を目的とするものであることが明らかにされている休暇制度(育児休業等及び子の看護休暇は除く)です。
例)・失効した年次有給休暇の育児目的での使用
- いわゆる「配偶者出産休暇」制度
- 「育児参加奨励休暇」制度
- 子の入園式、卒園式等の行事や予防接種等の通院のための勤務時間中の外出を認める制度(法に基づく子の看護休暇を上回る範囲に限る)など
※労働基準法上の年次有給休暇は除く
4.中小企業の1か月60時間超の時間外労働割増率アップ【令和5年4月1日】
(1)概要と必要な対応
1か月60時間を超える法定時間外労働に対しては50%以上の率で計算した割増賃金を支払うよう定められていますが、中小企業には適用が猶予されていました。2023年4月からこの猶予措置が終了し、中小企業も、1か月60時間を超える法定時間外労働に対しては50%以上の率で計算した割増賃金を支払わなければなりません。
該当する企業は、次のような対策を行う必要があります。
- 賃金規程の修正(時間外労働45時間超~60時間以下、60時間超の割増率をどうするか、代替休暇を取り入れるか等の検討)
- 6協定の見直し(割増率の協定)
- 人件費の増加シミュレーション
- 長時間労働となっている場合は業務効率化などによる残業縮減
【割増率】
割増対象 | 割増率 |
---|---|
時間外労働 | 25%以上 |
時間外労働45時間超~60時間以下 | 25%以上(労使で合意した割増率) |
時間外労働60時間超 | 50%以上 |
休日労働 | 35%以上 |
深夜労働 | 25%以上 |
時間外労働+深夜労働 | 50%以上 |
時間外労働60時間超+深夜労働 | 75%以上 |
休日労働+深夜労働 | 60%以上 |
休日労働+時間外労働 | 35%以上 |
【規定例】賃金規程
(時間外勤務手当)
- 第A条 会社の指示により、社員が法定労働時間を超えて勤務した場合に時間外勤務手当を支給する。
- 時間外勤務手当支給の対象となる勤務時間は、食事または喫茶等のために要した休憩時間は含まない。
- 時間外勤務手当の額は以下の計算式に基づくものとする。なお、この場合の1か月は、毎月1日を起算日とする(賃金計算期間と同じとする)
- 1か月45時間以下の時間外労働について
(基本給+資格手当)÷1ヵ月平均所定労働時間×1.25×時間外労働時間数 - 1か月45時間超60時間以下の時間外労働について
(基本給+資格手当)÷1ヵ月平均所定労働時間×1.25×時間外労働時間数 ※1 - 1か月60時間超の時間外労働について
(基本給+資格手当)÷1ヵ月平均所定労働時間×1.50×時間外労働時間数 - 前項の1ヵ月平均所定労働時間は、160時間として算定する。第B条、第C条も同様とする。※2
(休日勤務手当)
- 第B条 会社の指示により、社員が休日に勤務した場合には、休日勤務手当を支給する。
- 休日勤務手当支給の対象となる勤務時間は、食事または喫茶等のために要した休憩時間は含まない。
- 法定休日に関する休日勤務手当の額は以下の計算式に基づくものとする。
(基本給+資格手当)÷1ヵ月平均所定労働時間×1.35×休日労働時間数 - 法定外休日に関する休日勤務手当の額は以下の計算式に基づくものとする。
- 法定外休日労働時間数と時間外労働時間数の合計が1ヵ月60時間未満
(基本給+資格手当)÷1ヵ月平均所定労働時間×1.25×休日労働時間数 - 法定外休日労働時間数と時間外労働時間数の合計が1ヵ月60時間以上
(基本給+資格手当)÷1ヵ月平均所定労働時間×1.50×休日労働時間数 - 振替休日を付与した場合は、休日に勤務したとしても休日勤務手当は支給しない。
(深夜勤務手当)
- 会社の指示により、社員が午後10時から午前5時までの間に勤務した場合に深夜労働手当を支給する。
- 深夜手当の額は以下の計算式に基づくものとする。
(基本給+資格手当)÷1ヵ月平均所定労働時間×0.25×深夜労働時間数 - 時間外労働が深夜に及んだ場合は、時間外労働手当の額に深夜労働手当の額が加算されることになる。この場合は、以下の計算式に基づくものとする。
(基本給+資格手当)÷1ヵ月平均所定労働時間×1.50×時間外労働時間数 - 休日労働が深夜に及んだ場合は、休日労働手当の額に深夜労働手当の額が加算されることになる。この場合は、以下の計算式に基づくものとする。
(基本給+資格手当)÷1ヵ月平均所定労働時間×1.60×休日労働時間数 - 時間外労働又は法定外休日労働が深夜に及び、深夜の時間帯の労働時間が時間外労働及び法定外休日労働の合計1か月60時間を超えている場合は、以下の計算式に基づくものとする。
(基本給+資格手当)÷1ヵ月平均所定労働時間×1.75×60時間超の時間外・法定外休日労働時間数
(代替休暇)
- 会社は、1か月60時間を超える時間外勤務をした社員があるときは、給与規程A条及びB条4項2号に定める時間外勤務手当のうち、次の計算式により算定される部分の支給に代えて、代替休暇を付与することがある。
(基本給+資格手当)÷1ヵ月平均所定労働時間×0.25×1か月60時間を超える時間外労働時間数 - 社員が取得した代替休暇には、所定労働時間を勤務したときに支払われる通常の給与を支給する。
- 代替休暇の付与に関する具体的な取扱いについては、社員の過半数を代表する者との協定に基づいて定める。
- 1.労使で合意した割増率を規定します。
- 2.1か月平均所定労働時間を固定して規定する方法です。1か月平均所定労働時間が、年によって変動することがなく計算が簡便ですが、労基法が定める計算により算出されたものより、労働者に有利に定める必要があります。
(2)代替休暇
1か月60時間を超える時間外労働に対する50%の割増賃金のうち、25%の引上げ分の割増賃金の代わりに有給の休暇を付与する制度(代替休暇)を労使協定で設けることができます。代替休暇を取得した場合、その取得した代替休暇に対して支払われた賃金額に対応した時間外労働時間数に係る引上げ分(25%分)の割増賃金の支払が不要となります。具体的には、取得した休暇の時間数を、換算率で除して得た時間について、引上げ分の割増賃金の支払が不要となります。
(出所:「改正労働基準法のあらまし」厚生労働省)
【労使協定で定める内容】
<代替休暇の時間数の具体的な算定方法>
- 代替休暇の時間数=(1か月の時間外労働時間数-60)×換算率
- 換算率=(代替休暇を取得しなかった場合に支払うこととされている割増賃金率)-(代替休暇を取得した場合に支払うこととされている割増賃金率)
例)1か月に76時間の時間外労働が行われたケース
代替休暇を取得しなかった場合に支払うこととされている割増賃金率:50%
代替休暇を取得した場合に支払うこととされている割増賃金率:25%
代替休暇として与えることができる時間の時間数
→16時間(60時間を超える時間数)×換算率(50%-25%=25%)=4時間
<代替休暇の単位>
1日、半日、1日または半日のいずれかによって与えることになります。
<代替休暇を与えることができる期間>
時間外労働が1か月60時間を超えた月の末日の翌日から2か月間以内の期間で与えることになります。
<代替休暇の取得日の決定方法、割増賃金の支払日>
- 例えば、月末から5日以内に使用者が労働者に代替休暇を取得するか否か確認し、取得の意向がある場合は取得日を決定するというように取得日の決定方法を定めます。
- 代替休暇を取得した場合はその分の割増賃金の支払いが不要になり、いつ支払えばよいか問題になるため、どのように支払うのかを定めることになります。