最近の労働分野の判例を教えて下さい。

この7月に労働分野で注目すべき最高裁判決が立て続けに出ました。
1つ目は、経済産業省の性同一性障害の職員の女性トイレ使用に関する判断が示され、最高裁は経済産業省の処遇を違法としました。
 2つ目は、定年後再雇用者の基本給等が定年前と比べて下がったことの妥当性が争われ、最高裁は審理が尽くされていないとして、高裁に差し戻しました。
詳しくは解説をご確認下さい。

1.国・人事院(経済産業省)事件(最三小判令5.7.11)

(1)概要

 近年、多様性(ダイバーシティ)を大切にし、性的マイノリティーの人たちが偏見や差別を受けることのない社会を作ろうという動きがあり、そこから生まれる新しい価値をビジネスの推進力として活用しようとする企業も出てきています。一方で、性的マイノリティーの人に対する偏見、誹謗中傷や自殺報道などの悲惨なニュースも聞かれます。多様性を大切にし、皆が働きやすい環境を整えることは重要な課題になってきていると言えます。
 国・人事院(経産省職員)事件は、性同一性障害である職員(身体的性別は男性・性自認は女性)に関し、女性の服装での執務は認めたものの、トイレについては、2階離れた女性トイレのみ使用認めたことについて、当該職員が国に損害賠償責任を求めた事案です。
 高裁は、女性トイレの使用について違法性は認められないと判断しましたが、最高裁は、国の対応を違法として、女性用トイレの使用制限を認めない判断をし、職員の逆転勝訴が確定しました。その理由について、最高裁は次のように述べています。

4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

(1)国家公務員法86条の規定による行政措置の要求に対する人事院の判定においては、広範にわたる職員の勤務条件について、一般国民及び関係者の公平並びに職員の能率の発揮及び増進という見地から、人事行政や職員の勤務等の実情に即した専門的な判断が求められるのであり(同法71条、87条)、その判断は人事院の裁量に委ねられているものと解される。したがって、上記判定は、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したと認められる場合に違法となると解するのが相当である。


(2)これを本件についてみると、本件処遇は、経済産業省において、本件庁舎内のトイレの使用に関し、上告人を含む職員の服務環境の適正を確保する見地からの調整を図ろうとしたものであるということができる。
 そして、上告人は、性同一性障害である旨の医師の診断を受けているところ、本件処遇の下において、自認する性別と異なる男性用のトイレを使用するか、本件執務階から離れた階の女性トイレ等を使用せざるを得ないのであり、日常的に相応の不利益を受けているということができる。
 一方、上告人は、健康上の理由から性別適合手術を受けていないものの、女性ホルモンの投与や≪略≫を受けるなどしているほか、性衝動に基づく性暴力の可能性は低い旨の医師の診断も受けている。現に、上告人が本件説明会の後、女性の服装等で勤務し、本件執務階から2階以上離れた階の女性トイレを使用するようになったことでトラブルが生じたことはない。また、本件説明会においては、上告人が本件執務階の女性トイレを使用することについて、担当職員から数名の女性職員が違和感を抱いているように見えたにとどまり、明確に異を唱える職員がいたことはうかがわれない。さらに、本件説明会から本件判定に至るまでの約4年10か月の間に、上告人による本件庁舎内の女性トイレの使用につき、特段の配慮をすべき他の職員が存在するか否かについての調査が改めて行われ、本件処遇の見直しが検討されたこともうかがわれない。
 以上によれば、遅くとも本件判定時においては、上告人が本件庁舎内の女性トイレを自由に使用することについて、トラブルが生ずることは想定し難く、特段の配慮をすべき他の職員の存在が確認されてもいなかったのであり、上告人に対し、本件処遇による上記のような不利益を甘受させるだけの具体的な事情は見当たらなかったというべきである。そうすると、本件判定部分に係る人事院の判断は、本件における具体的な事情を踏まえることなく他の職員に対する配慮を過度に重視し、上告人の不利益を不当に軽視するものであって、関係者の公平並びに上告人を含む職員の能率の発揮及び増進の見地から判断しなかったものとして、著しく妥当性を欠いたものといわざるを得ない。


(3)したがって、本件判定部分は、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるというべきである。

(2)実務上の留意点

 本件では、これまでトイレの使用でトラブルはなく、明確に反対する女性職員もいなかったにも関わらず、約4年10か月の間に、改めて調査を行い、処遇の見直しが検討されたことがない点を問題としています。また、性同一性障害の職員が受ける不利益より、他の職員に対する配慮を過度に重視し、関係者の公平や性同一性障害の職員を含む職員の能率の発揮及び増進の見地から判断しなかったものとして、著しく妥当性を欠くとしました。
 宇賀克也裁判官の補足意見では、カミングアウト後の説明会の後、当面の措置として女性トイレの使用に一定の制限を設けたことをはやむ得なかったとしても、経済産業省は、早期に研修を実施し、トランスジェンダーに対する理解の増進を図りつつ、かかる制限を見直すことも可能であったにもかかわらず、当該職員に性別適合手術を受けるよう督促を反復するのみで5年経過しており、多様性を尊重する職場環境を改善する取り組みが十分なされてきたとは言えないとしています。
 実務的な留意点として、トランスジェンダーの従業員から女性トイレ使用などの要望があった場合、一律に判断せず、当該職員の状況、他の職員の理解の状況などを考慮し対応を検討する必要があります。また、一旦講じた対策であっても、状況に応じて、調査、見直しの検討なども行うべきです。

(3)性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律

 いわゆるLGBT理解増進法が、6月15日に成立し、同23日に施行されました。この法律は、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する施策の推進に関し、基本理念を定めたものです。国や自治体には、国民の理解の増進に関する施策の策定及び実施に努めることが定められました。また、事業主に対しては、情報の提供、研修の実施、普及啓発、就業環境に関する相談機会の確保等により、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する労働者の理解の増進に自ら努めること、国や自治体が実施する施策への協力に努めることが定められました。
 もっとも、国や自治体、学校などに求める具体的な取り組みまでは明記されていません。性的少数者等への差別禁止や、同性婚やそれに準ずるパートナーシップ制度の実現など、さらに踏み込んだ法整備にまでは至っていないというのが現状です。

性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律

2.名古屋自動車学校(再雇用)事件(最一小判令5.7.20)

(1)概要

 本件は、定年後再雇用者の基本給や賞与を定年退職前と比べ減額したことの妥当性が争われた裁判です。一審、二審は、定年時の6割を下回る基本給は不合理と判断しましたが、最高裁はこの判決を破棄し、審理を名古屋高裁に差し戻しました。

3 原審は、上記事実関係の下において、要旨次のとおり判断し、被上告人らの基本給及び賞与に係る損害賠償請求を一部認容すべきものとした。

被上告人らについては、定年退職の前後を通じて、主任の役職を退任したことを除き、業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲に相違がなかったにもかかわらず、嘱託職員である被上告人らの基本給及び嘱託職員一時金の額は、定年退職時の正職員としての基本給及び賞与の額を大きく下回り、正職員の基本給に勤続年数に応じて増加する年功的性格があることから金額が抑制される傾向にある勤続短期正職員の基本給及び賞与の額をも下回っている。このような帰結は、労使自治が反映された結果でなく、労働者の生活保障の観点からも看過し難いことなどに鑑みると、正職員と嘱託職員である被上告人らとの間における労働条件の相違のうち、被上告人らの基本給が被上告人らの定年退職時の基本給の額の60%を下回る部分、及び被上告人らの嘱託職員一時金が被上告人らの定年退職時の基本給の60%に所定の掛け率を乗じて得た額を下回る部分は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たる。


4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

(1)労働契約法20条は、有期労働契約を締結している労働者と無期労働契約を締結している労働者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ、有期労働契約を締結している労働者の公正な処遇を図るため、その労働条件につき、期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものであり、両者の間の労働条件の相違が基本給や賞与の支給に係るものであったとしても、それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる。もっとも、その判断に当たっては、他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における基本給及び賞与の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである(最高裁令和元年(受)第1190号、第1191号同2年10月13日第三小法廷判決・民集74巻7号1901頁参照)。


(2)以上を前提に、正職員と嘱託職員である被上告人らとの間で基本給の金額が異なるという労働条件の相違について検討する。

前記事実関係によれば、管理職以外の正職員のうち所定の資格の取得から1年以上勤務した者の基本給の額について、勤続年数による差異が大きいとまではいえないことからすると、正職員の基本給は、勤続年数に応じて額が定められる勤続給としての性質のみを有するということはできず、職務の内容に応じて額が定められる職務給としての性質をも有するものとみる余地がある。他方で、正職員については、長期雇用を前提として、役職に就き、昇進することが想定されていたところ、一部の正職員には役付手当が別途支給されていたものの、その支給額は明らかでないこと、正職員の基本給には功績給も含まれていることなどに照らすと、その基本給は、職務遂行能力に応じて額が定められる職能給としての性質を有するものとみる余地もある。そして、前記事実関係からは、正職員に対して、上記のように様々な性質を有する可能性がある基本給を支給することとされた目的を確定することもできない。
 また、前記事実関係によれば、嘱託職員は定年退職後再雇用された者であって、役職に就くことが想定されていないことに加え、その基本給が正職員の基本給とは異なる基準の下で支給され、被上告人らの嘱託職員としての基本給が勤続年数に応じて増額されることもなかったこと等からすると、嘱託職員の基本給は、正職員の基本給とは異なる性質や支給の目的を有するものとみるべきである。
 しかるに、原審は、正職員の基本給につき、一部の者の勤続年数に応じた金額の推移から年功的性格を有するものであったとするにとどまり、他の性質の有無及び内容並びに支給の目的を検討せず、また、嘱託職員の基本給についても、その性質及び支給の目的を何ら検討していない。

また、労使交渉に関する事情を労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮するに当たっては、労働条件に係る合意の有無や内容といった労使交渉の結果のみならず、その具体的な経緯をも勘案すべきものと解される。
 前記事実関係によれば、上告人は、被上告人X1及びその所属する労働組合との間で、嘱託職員としての賃金を含む労働条件の見直しについて労使交渉を行っていたところ、原審は、上記労使交渉につき、その結果に着目するにとどまり、上記見直しの要求等に対する上告人の回答やこれに対する上記労働組合等の反応の有無及び内容といった具体的な経緯を勘案していない。

以上によれば、正職員と嘱託職員である被上告人らとの間で基本給の金額が異なるという労働条件の相違について、各基本給の性質やこれを支給することとされた目的を十分に踏まえることなく、また、労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま、その一部が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断には、同条の解釈適用を誤った違法がある。
(略)

(2)実務上の留意点

 定年後再雇用の事案である長澤運輸事件(最判平30.6.1労判1179-34)では、基本給に関する待遇差は違法と判断されなかった所、名古屋自動車学校事件の一審・二審が定年時の6割を下回る基本給は不合理と判断し注目されていました。
 最高裁は、各基本給の性質、これを支給することとされた目的や、労使交渉に関する事情などを考慮して、合理性を判断するよう示しました。また、正社員の基本給は勤続給としての性質だけでなく、職務給や職能給としての性質を有するとみる余地があり、定年後再雇用者は役職に就くことは想定されていないことに加え、その基本給が正社員の基本給とは異なる基準の下で支給され、勤続年数に応じて増額されることもなかったこと等からすると、定年後再雇用者の基本給は、正社員の基本給とは異なる性質や支給の目的を有するものとみるべきとしました。
 以上のような判断の枠組みは示されましたが、高裁に差し戻される結果となり、具体的な判断には踏み込ませんでした。
 現時点で実務的には、基本給の目的や趣旨の整理・精査と労使交渉を十分に行うことの重要性がより高まったと言えそうです。特に、定年前後で仕事内容が変わりにくい業界ほど、このような精査を十分に行っておく必要がありそうです。