Ⅰ 採用時適性検査の活用と健康情報の取得方法
採用時に人物理解のための対策としてどのようなものがありますか?また健康状態を把握するのにどのような方法がありますか?
適性検査のうち性格検査は、協調性、責任感、その人材が企業風土に適合するかといった点を判断するための検査です。自社に合った人物を採用するために活用するとよいでしょう。採用時の健康状態の把握方法としてはチェックシートに記入する方法があります。
1.採用時の調査と採用の自由の根拠
採用時の調査については、レポートで何度か取り上げていますが、入社してすぐに健康を崩して休職するといったケースが、年々増えているように感じます。今回は、採用時の適性検査の活用や健康状態の把握などについて、アップデートした情報を取り上げます。
企業の採用の自由は一定の範囲で認められていますが、応募者の採否を判断するために、本人から一定事項の申告を求めるなどの調査についても、最高裁は調査の自由を肯定しています(三菱樹脂事件・最高裁大法廷判昭48.12.12・労判189-16)。
ただし、プライバシー保護の観点からは、この調査の自由に対し一定の配慮が求められています。例えば、職業安定法は、労働者の募集を行う者は、応募者の個人情報を収集するにあたっては、「その業務の目的の達成に必要な範囲内で、厚生労働省令で定めるところにより、当該目的を明らかにして求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。ただし、本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない。」と規定しています(第5条の5)。
また、同法に基づく指針では、①人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項、②思想及び信条、③労働組合への加入状況は、収集してはならないとしたうえで、特別な職業上の必要性が存在することその他業務の目的に必要不可欠であって、収集目的を示して本人から収集する場合は、この限りでないとしています(「職業紹介事業者、労働者の募集を行う者、募集受託者、労働者供給事業者等が均等待遇、労働条件等の明示、求職者等の個人情報の取扱い、職業紹介事業者の責務、募集内容の的確な表現等に関して適切に対処するための指針」平成11年労働省告示第141号)。
さらに、厚生労働省が示している「公正な採用選考の基本」では、採用選考時に配慮すべき事項として、①や②のような適性と能力に関係がない事項を応募用紙等に記載させたり、面接で尋ねて把握することや、③を実施することは、就職差別につながるおそれがあるとしています。
- 本人に責任のない事項【本籍、出生地、家族に関すること(職業・続柄・健康・地位・学歴・収入・資産)住宅状況、生活環境、家庭環境等】
- 本来自由であるべき事項【宗教、支持政党、人生観、生活信条、尊敬する人物、思想、社会運動(労働組合・学生運動)、購読新聞、雑誌、愛読書等】
- 採用選考の方法【身元調査、合理的・客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断の実施】
2.適性検査の活用
応募者の能力や人柄を知り、その企業の業務に適した人材であるかを客観的に測定できるものとして、適性検査があります。適性検査には、能力検査と性格検査があります。能力検査は、知的能力、一般常識や論理的思考力等、業務上必要となる基礎的能力を測定するものです。性格検査は、協調性、責任感、その人材が企業風土に適合するか等を判断するための検査です。適性検査はいろいろなものが出ていますので、自社に合うものを活用するとよいでしょう。
性格検査の一つであるダイヤモンド社の職場適応性DPIでは、次のような診断項目があります。診断項目や職務適性などすべての指標を現在の企業人、学生から標準化を行っており、信頼性の高い結果が得られると謳われています。
診断項目
- 検査の信頼性
※検査結果が正しく受検者本人を表しているかを確認 - 基礎診断項目
※どのような職場や仕事でも発揮することが望まれる行動特性
・積極性・協調性・慎重性・責任感 - 個別診断項目
※職場や仕事によって、必要度が変わる行動特性
- 仕事への態度(仕事への向き合い方)
・活動性・持久性・思考性・自主性・自己信頼性 - 対人関係(他者への向き合い方)
・共感性・指導性・感情安定性 - 組織への順応(組織への向き合い方)
・規律性・従順性
適性検査の結果は社内で蓄積し、傾向を分析しておきます。蓄積されたデータが無い場合は、現在在籍している社員に検査を受けてもらう方法もあります。数値は、企業風土や職種ごとに重視される項目が異なることもあり、全てが高ければよいというものでもありません。例えば、協調性、感情安定性、ストレス耐性、規律性などは高い数値がよく、一定の項目は低い方がよいものもあります。面接の際、検査結果の気になる部分について、具体的なエピソードをヒアリングすると人物理解につながることもあります。
3.健康情報、病歴の申告
上記指針においては、健康情報は収集の禁止事項に該当していません。一方「病歴」は個人情報保護法における「要配慮個人情報」(同法第2条3項)であり、これを取得するには、原則として、あらかじめ「本人の同意」が必要です(同法20条2項)。また、職安法は、「その業務の目的の達成に必要な範囲内で」の収集を求めることとしています。
従って、会社が病歴を問う際は、①利用目的を通知・公表し、②取得する情報の範囲を決めて、③同意を取得する必要があります。利用目的は「入社後の勤務に耐える健康を保有しているか確認するため」となり、その範囲に限定して取得することになります。
また、同意については、採用に際して健康情報等の取得を応募者に周知している場合は、応募者が健康情報を提出したことをもって、同意の意思があったと解することも可能です。以下のチェックシートは任意の回答を求める方式をとっています。
健康情報を提供しない場合は、応募者の健康状態は不明ということになります。健康状態が不明な者よりも、健康状態が明らかな者を企業が採用するとしても、使用者の採用の自由の範囲内で可能と考えられます。
- 高年齢者の採用の場合は、脳・心臓疾患の病歴を聞くことも考えられます。
- 社会的差別につながるおそれのあるようなHIV感染症やB型・C型肝炎、色覚異常などは求めてはなりません。
なお、入社後、虚偽の申告であったことが判明した場合、その従業員が健康で働いている限りは、懲戒解雇や普通解雇の事由にはならないと考えます。労働契約を解消するほどの重大な経歴詐称には該当しないからです。しかし、病状が悪化して完全な労務提供ができなくなったとき、従業員と今後の対応を話し合う際、病歴なしとの虚偽の申告が、使用者に有利に働く可能性は考えられます。
4.試用期間中に健康を害した場合に備えた規定方法
試用期間中に健康を害した場合に備えた、就業規則の規定方法は2通り考えられます。
一つ目は、試用期間中は休職の適用を除外する旨定めておき、試用期間満了日に療養中で、本採用以降の就労の目途が立っていないという状況であれば、原則として本採用を拒否できると解されます。また、労働契約で約束した正社員としての労務提供が継続してできないということであれば、本採用を拒否できる可能性があります。
二つ目は、試用社員は休職制度の対象としつつ、休職期間は試用期間満了の日までとしておき、休職期間満了時に復職できない場合は自然退職となる旨、定めておくことも有効です。
助成金の面では、一つ目の方法の場合、本採用拒否の離職理由が解雇と判断されてしまい、雇用関係の助成金が出なくなることがあります。この場合、一方的な本採用拒否ではなく、話し合いで合意退職してもらうようにします。二つ目の方法では、休職期間満了による自然退職と判断され、解雇に該当しないことから、原則として助成金に影響しません。
【就業規則規定例】第○条(休職期間)
前条による休職期間は次のとおりとする。ただし、休職中に試用期間満了を迎える場合は、試用期間満了日をもって休職期間は満了する。 (略)
Ⅱ 改正事項
1.労働条件明示事項の改正(補足)
労働条件明示事項の改正が、令和6年4月1日から施行されます。4月以降に発行する労働条件通知書には、就業場所・業務の変更の範囲を追加する必要があります。様式見直しの際は、就業規則に定めている異動の範囲と、労働条件通知書の範囲が合っているか確認してください。また、就業規則に出向を定めている場合は、出向先の場所、出向先の業務も記載しておいた方がリスク防止になります。
2.保険料率の改正
①健康保険料率及び介護保険料率の変更
令和6年度の協会けんぽの健康保険料率及び介護保険料率は変更され、本年3月分(4月納付分)からの適用となります。原則として、4月支給の給与から、控除する保険料額を変更します。今回の料率変更は、引き下げが22都道県、引き上げが24府県です。東京都の場合は、現行の10.00%から9.98%に引き下げられます。減少の要因について協会けんぽは、4年度納付分に、多額の精算(戻り分)が生じたためと分析しています。
②雇用保険料率は変更無し
令和6年4月1日から令和7年3月31日までの雇用保険料率の変更はありません。