当社の従業員がミスしたことに対し、顧客から当該従業員に対し、強い口調と大声で長時間にわたり叱責しました。その顧客は以前からクレームが多く、当該従業員を辞めさせるよう言っています。そのミスは些細ともいえるようなものですが、会社はどのように対応すればよいでしょうか。

会社は顧客、従業員等からの情報をもとに事実確認を行います。その行為が事実であるか確かな証拠・証言に基づいて確認します。確認した事実に基づき、過失がある場合はその程度に応じた謝罪と必要な対応をします。事実確認の結果、些細なミスだけでは退職要求に応じる必要はなく、当該従業員を指導したことを報告して、退職要求には応じられない旨を丁寧に説明する等の対応が求められます。

カスタマーハラスメント

1.カスタマーハラスメントの現状

 令和元年に労働施策総合推進法の改正により、パワーハラスメント対策が法制化され、事業主のパワハラ防止のための措置義務が定められました。改正時の参議院の附帯決議では、顧客からの迷惑行為の防止に向けた措置やハラスメント対策を検討することが加えられました。このような流れから、令和2年に示されたパワハラ指針に、顧客等からの著しい迷惑行為に関して、事業主が取り組みを行うことが望ましい旨が定められました(「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号))。その後、令和4年2月には「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(以下、カスハラマニュアルという)が厚生労働省から発表されました。
 昨年9月の精神障害の労災認定基準の改正においても、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」(いわゆるカスタマーハラスメント)ことが、業務ストレスの一つに追加されました(「心理的負荷による精神障害の認定基準」(基発0901第2号令和5年9月1日)。また、東京都ではカスハラの条例制定を検討するなど、国や行政のカスハラ対策の動きが活発になってきています。

2.カスハラ対策の重要性の高まり

 本来、顧客からのクレーム・苦情は、商品やサービス等に対して、不平・不満を訴えるもので、それ自体は問題とはいえず、業務改善や新たな商品・サービス開発につながるものです。しかし、クレームの中には、過度な要求や、不当な言いがかりをつけるものもあります。
 不当・悪質なクレームは、従業員の過度な精神的ストレスになったり、通常の業務に支障を来したりと、企業や組織に時間・金銭・精神的な苦痛や多大な損失を招く可能性があります。場合によっては、従業員のメンタル不調による労災や安全配慮義務違反、休職者・退職者の増加など、労務問題に発展することも想定されます。人材不足の昨今、リテンションマネジメントとしても、カスハラ対策は重要性が高まって来ていると言えます。
  一方で、BtoBの企業においても、取引先に対するカスハラで、自社の従業員が被害者となるだけでなく、加害者となるケースも想定されます。場合によっては、損害賠償請求される可能性もあります。
以上の背景により、顧客からの行為を含むカスタマーハラスメントについても、対策を講じる必要が出てきています。以下、カスハラマニュアルを参考に対策を検討します。

3.カスタマーハラスメントとは

 カスタマーハラスメントの基準については、まだ法制化されたものはありません。また、どのようなクレーム・苦情がカスハラに当たるのかは、業種、業態、企業文化などから異なる可能性があるため、各企業で考え方、対応方針を検討し、現場と共有することが重要です。
 判断基準の一つとして、カスハラマニュアルは次の2つの基準をあげています。

①顧客等の要求内容に妥当性はあるか

顧客等の主張に関して、まずは事実関係、因果関係を確認し、自社に過失はないか、または根拠のある要求がなされているかを確認し、顧客等の主張が妥当であるかどうか判断します。

(例)顧客が購入した商品に瑕疵がある場合、謝罪とともに商品の交換・返金に応じることは妥当ですが、自社の過失・商品の瑕疵などがなければ、顧客の要求には正当な理由が無いと考えられます。

②要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当か

顧客等の要求内容の妥当性の確認と併せて、その要求を実現するための手段・対応が社会通念に照らして相当な範囲であるかを確認します。

(例)長時間に及ぶクレームは、業務の遂行に支障が生じるという点から社会通念上相当性を欠く場合が多いと考えられます。また、顧客等の要求内容に妥当性がない場合はもとより、妥当性がある場合であっても、その言動が暴力的・威圧的・継続的・拘束的・差別的、性的である場合は、社会通念上不相当であると考えられ、カスタマーハラスメントに該当し得ます。
 一方、顧客等の要求内容に妥当性がないと考えられる場合でも、企業が顧客の要求を拒否した際にすぐに顧客等が要求を取り下げた等の場合は、従業員の就業環境が害されたとは言えず、カスタマーハラスメントには該当しない可能性があります。

(厚生労働省「カスタマーハラスメント対策に取り組みましょう!」)

4.カスタマーハラスメント対策の基本的な枠組み

 カスハラマニュアルでは、次のような取り組みをあげています。大枠では、セクハラやパワハラ対策と同様の枠組みとなっていますので、従前のハラスメント相談窓口に機能を追加してもよいでしょう。

<カスタマーハラスメントを想定した事前の準備>

  1. 事業主の基本方針・基本姿勢の明確化、従業員への周知・啓発
    • 組織のトップが、カスタマーハラスメント対策への取組の基本方針・基本姿勢を明確に示す。
    • カスタマーハラスメントから、組織として従業員を守るという基本方針・基本姿勢、従業員の対応の在り方を従業員に周知・啓発し、教育する。
  2. 従業員(被害者)のための相談対応体制の整備
    • カスタマーハラスメントを受けた従業員が相談できるよう相談対応者を決めておく、または相談窓口を設置し、従業員に広く周知する。
    • 相談対応者が相談の内容や状況に応じて適切に対応できるようにする。
  3. 対応方法、手順の作成
    • カスハラ行為への対応体制、方法等をあらかじめ決めておく。
  4. 社内対応ルールの従業員等への教育・研修
    • 顧客等からの迷惑行為、悪質なクレームへの社内における具体的な対応について、従業員を教育する。

<カスタマーハラスメントが実際に起こった際の対応>

  1. 事実関係の正確な確認と事案への対応
    • カスハラに該当するか否かを判断するため、顧客、従業員等からの情報をもとに、その行為が事実であるかを確かな証拠・証言に基づいて確認する。
    • 確認した事実に基づき、商品に瑕疵がある、またはサービスに過失がある場合は謝罪し、商品の交換・返金に応じる。瑕疵や過失がない場合は要求等に応じない。
  2. 従業員への配慮の措置
    • 被害を受けた従業員に対する配慮の措置を適正に行う(一人で対応させず、複数名で組織的に対応する。メンタルヘルス不調への対応等)。
  3. 再発防止のための取組
    • 同様の問題が発生することを防ぐ(再発防止の措置)ため、定期的な取組の見直しや改善を行い、継続的に取組を行う。
  4. ①~⑦までの措置と併せて講ずべき措置
    • 相談者のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、従業員に周知する。
    • 相談したこと等を理由として不利益な取扱いを行ってはならない旨を定め、従業員に周知する。

(厚生労働省「カスタマーハラスメント対策に取り組みましょう!」)

5.カスタマーハラスメントの裁判例

(1)使用者の対応が不適切とされた例

 甲府市・山梨県(市立小学校教諭)事件(甲府地判平30.11.13労判1202-95)は、小学校教諭(原告)が校長によるパワハラでうつ病になったとして、市と県に対し損害賠償請求した事案です。本件は、原告が児童宅に訪問した際、児童宅の飼い犬に咬まれケガを負ったことから、児童の親に対して保険を使えるか等と言いました。これに関し児童の父が抗議してきたため、校長が、児童の父及び祖父と面談した際、事故の被害者である原告に謝罪を強いました。この行為は、原告に対し、職務上の優位性を背景とし、職務上の指導等として社会通念上許容される範囲を明らかに逸脱したものであり、原告の自尊心を傷つけ、多大な精神的苦痛を与えたものといわざるを得ないとされました。
 カスタマーからのクレームについての事実確認を行わず、いきなり労働者に謝罪を強いるといった対応は問題になります。

(2)会社の対応が適切とされた例

 本件は、都市型小型食品スーパーマーケットを運営している被告会社に勤務している原告従業員が、買い物客である被告(以下、被告客という)からの暴言等を受け、これに対する被告会社の対応が不十分であるとして、安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求した事案です。裁判所は、被告会社は相応の体制及び措置を講じていて、不法行為は成立しないとして棄却しました。被告会社は、「○社入社テキスト」を配布して苦情を申し出る客への初期対応の指導をし、店舗マネージャー不在時には「サポートテスク」や近隣店舗のマネージャー、エリアマネージャーに連絡できる体制にあるなど、接客トラブルが生じた場合の相談体制が整えられていました。また、店舗マネージャー等の緊急連絡先や近隣店舗の連絡先の掲示、非常事態に備えて通報用の緊急ボタンの設置と従業員への周知を行い、深夜は2名体制にして接客トラブルに対応できるようにしていました。また、本件での被告客とのトラブルの際、被告会社は、原告の接客態度について指導する一方、被告客へ謝罪するとともに、原告への退職要求に応じることなく、関係が修復されるよう双方に働きかけ、他店への異動によるトラブルの鎮静化、トラブル再発の際は入店拒否措置の可能性を被告客に伝えて、被告客が来店しなくなったことが認められ、被告会社の対応はトラブルを終息させるため穏便な策から順次実施し、その効果を上げていたと認められるとしました。以上から、被告会社はクレームに関する不法行為責任は負わないと判断されました。会社のクレーム対応の仕組みを整備し、適切に運用していたことが評価された事例で参考になります。

6.カスタマーハラスメントに発展させないために

 カスハラマニュアルでは、現場対応者による初期対応として、まずは誠意ある対応をしつつ、状況を正確に把握し、事実確認する必要があるとしています。もし、暴力行為やセクハラを受けた場合は、すぐに現場監督者に相談し、一人で対応しないようにすることも重要です。
 現場対応、電話でのクレーム対応のどちらにおいても、次の事項に留意し、まずは顧客等の主張を傾聴すること、不要なトラブルを避けるため、初期対応の時点で、複数名で対応すること等があげられています。

【発展させないためのステップ】

1.対象を明確にして謝罪する

対象を明確にした上で限定的に謝罪します。
「この度は不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありません」といったように不快感を抱かせたことに謝ります。正確に状況が把握できていない段階では、企業として非を認めたような発言はせず、事実確認をして社内で判断をしたときに、過失の程度に応じた謝罪をします。

2.状況を正確に把握する

顧客等が主張する内容を正確に把握します。顧客等から話を聞く際には、途中で発言を遮ることや反論はせず、まずは一通り事情を確認します。
一通り事情を確認した後、顧客等が話す内容に不明確なものがあれば確認をし、不足する情報があれば追加で意見をもらい、顧客等の勘違いがあれば正しい情報を提供します。

3.現場監督者(一次相談対応者)または相談窓口に情報共有する

顧客等から確認した情報は、現場監督者または相談窓口対応者に共有します。
相談対応者が正確かつ迅速に状況を把握するため、現場対応者は顧客等の要望のみならず、できるだけ事実関係を時系列で整理して報告します。

(厚生労働省「カスタマーハラスメント対策に取り組みましょう!」)

7.ルール・マニュアル作成に必要な具体性

 自社でルールやマニュアルを作成する際、具体性が重要となります。カスハラマニュアルでは以下のような行為が例示されていますが、例えば長時間の拘束であれば、30分なのか、1時間なのかといった具体的な基準を設けておくと、現場は対応しやすくなります。

ルール・マニュアル作成に必要な具体性

(厚生労働省「カスタマーハラスメント対策に取り組みましょう!」)