Ⅰ 脳卒中により倒れた社員の職場復帰と就業上の配慮について

    脳卒中で倒れた従業員が休職していますが、障害が残る状態で職場復帰を希望し、会社に就業上の配慮を求められた場合、会社はどのような対応が考えられるでしょうか。

就業上の配慮には、労働時間・勤務日数の短縮、配置転換等があります。後遺症の状態、程度を確認した上で、講ずべき措置を検討する必要があります。

脳卒中職場復帰、最低賃金、年収の壁パッケージ

1.「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」

 近年、診断技術や治療方法の進歩により、不治の病とされていた病気にかかった場合でも生存率が向上し、長く付き合う病気に変化しつつあります。従業員が病気になったからといって、すぐに離職という状況に必ずしも当てはまらなくなっています。このような従業員の治療と仕事の両立支援に取り組む企業等のため、厚生労働省は「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」(厚生労働省令和5年3月改訂版。以下、ガイドラインという)を示しています。
 ガイドラインには、がん、脳卒中、肝疾患、難病、心疾患、糖尿病に関する留意事項が記されており、各疾病の治療方法や症状などについて理解しておくことが、人事労務の実務にも役立ちます。
 また、ガイドラインでは両立支援の環境整備、進め方などが定められています。大手企業を想定した手厚い部分は難しいかもしれませんが、両立支援の進め方や主治医に配慮事項を確認するための書式等、適宜参考にしながら進めるとよいと考えます。

2.脳卒中について

 以下、脳卒中に関して、ガイドラインの「脳卒中に関する留意事項」を参考に解説します。脳卒中とは、脳の血管に障害がおきることで生じる疾患の総称であり、脳の血管が詰まる「脳梗塞」、脳内の細い血管が破れて出血する「脳出血」、脳の表面の血管にできたコブ(脳動脈瘤)が破れる「くも膜下出血」などが含まれます。
 一般に、脳卒中というと手足のまひや言語障害などの大きな障害が残るというイメージがありますが、就労世代などの若い患者においては、約7割がほぼ介助を必要としない状態まで回復するため、脳卒中の発症直後からのリハビリテーションを含む適切な治療により、職場復帰(復職)することが可能な場合も少なくないとされています。
 脳卒中を発症した労働者のうち、職場復帰する者の割合(復職率)は時間の経過とともに徐々に増えていきますが、一般に、発症から3か月~6か月ごろと、発症から1年~1年6か月ごろのタイミングで復職する場合が多いとされています。脳卒中の重症度や、職場環境、適切な配慮等によって異なりますが、脳卒中発症後の最終的な復職率は50~60%と報告されています。
 脳卒中発症後の経過と復職は、症状によって様々です。例えば、発症直後の治療段階を経て、リハビリを受ける段階で転院し、その後リハビリを継続し、社会生活の自立・耐久力が向上し、就業可能な状態になったら職場復帰するという流れが考えられます。転院や退院で、病院や主治医が変わるタイミングは、労働者と事業者が情報共有する機会として有用です。
 労働者によっては、障害が残る場合もあり、期間の限定無く就業上の措置が必要になる場合があります。障害の有無や程度に関しては、発症からおよそ3~6ヵ月後には、ある程度予測可能であるため、労働者は主治医に障害の有無や程度、職場で配慮した方が良い事項について確認し、事業者にこの情報を提供するとよいでしょう。
 事業者は、主治医の診断を参考に、職場復帰時期を検討し、また復帰後の障害の程度や内容に応じて、作業転換等の就業上の措置を行うことが求められます。産業医等がいればその産業医と連携するとよいのですが、いない場合は、主治医に不明点を確認するなどして進めるとよいと考えます。疑問が生ずる場合は地域障害者職業センターなど、外部の機関に助言を求めてもよいと考えます。

厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」脳卒中に関する留意事項

(厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」脳卒中に関する留意事項)

3.両立支援の進め方

 以下、ガイドライン5の両立支援の進め方に沿って、解説します。

(1)両立支援の検討に必要な情報

 労働者からの申出に基づき、事業者が治療と仕事の両立支援を検討するに当たって、参考となる情報は以下のとおりです。

ア 症状、治療の状況
  • 現在の症状
  • 入院や通院治療の必要性とその期間
  • 治療の内容、スケジュール
  • 通勤や業務遂行に影響を及ぼしうる症状や副作用の有無とその内容
イ 退院後又は通院治療中の就業継続の可否に関する意見
ウ 望ましい就業上の措置に関する意見(避けるべき作業、時間外労働の可否、出張の可否等)
エ その他配慮が必要な事項に関する意見(通院時間の確保や休憩場所の確保等)

(2)両立支援を必要とする労働者からの情報提供

 治療と両立支援の検討は、両立支援を必要とする労働者からの申出から始まります。この際、労働者は事業場が定める様式等を活用して、自らの仕事に関する情報を主治医に提供した上で、主治医から(1)の情報提供を受けることが望ましいとされています。

(3)治療の状況等に関する必要に応じた主治医からの情報収集

 主治医から提供された情報が、両立支援の観点から十分でない場合、産業医等がいる場合は、労働者本人の同意を得た上で、産業医等が主治医からさらに必要な情報を収集することもできます。産業医等がいない場合には、労働者本人の同意を得た上で、人事労務担当者等が主治医からさらに必要な情報を収集することもできます。

(4)就業の可否、就業上の措置及び治療に対する配慮に関する産業医等の意見聴取

 事業者は、収集した情報に基づいて就業上の措置を検討するに当たり、産業医等に対して、主治医から提供された情報を提供し、就業継続の可否や、就業可能な場合の就業上の措置及び治療に対する配慮に関する意見を聴取することが重要です。産業医等がいない場合は、主治医から提供を受けた情報を参考にします。

(5)休業措置、就業上の措置及び治療に対する配慮の検討と実施

 事業者は、主治医や産業医等の意見を勘案し、就業を継続させるか否か、具体的な就業上の措置や治療に対する配慮の内容及び実施時期などについて検討を行います。その際、就業継続に関する希望の有無や、就業上の措置及び治療に対する配慮に関する要望について、労働者本人から聴取し、十分な話合いを通じて本人の了解が得られるように努めます。

(6)入院等による休業を要する場合の対応

ア 休業開始前の対応

 主治医や産業医等の意見を勘案し、休業を要すると判断した場合、事業者は労働者に対し、休業制度と休業可能期間、職場復帰の手順等の情報提供を行うとともに、休業申請書類を提出させ、休業を開始します。治療の見込が立てやすい疾病の場合は、開始時点で休業終了の目安も把握します。

イ 休業開始前の対応

 休業期間中は連絡をとって、今後の見込等を確認するなどを行います。

ウ 休業開始前の対応
  1. 労働者を通じて主治医の意見を収集します。主治医の情報が十分でない場合は、産業医等がいる場合は、本人同意を得た上で、産業医等から主治医からさらに必要な情報を収集します。産業医等がいない場合は、本人同意の上、人事労務担当者等が主治医からさらに情報を収集します。
  2. 主治医の意見を産業医等に提供し、職場において必要とされる業務遂行能力等を踏まえた職場復帰の可否に関する意見を聴取します。産業医等がいない場合は、主治医から提供を受けた情報を参考にします。
  3. 本人の意向を確認します。
  4. 復帰予定の部署の意見を聴取します。
  5. 主治医や産業医等の意見、本人の意向、復帰予定の部署の意見等を総合的に勘案し、配置転換も含めた職場復帰の可否を判断します。
エ 職場復帰プランの策定

 事業者は、必要に応じて、労働者が職場復帰するまでの計画「職場復帰支援プラン」を策定することが望ましいとされています。

オ 職場復帰支援プラン等に基づく取り組みの実施とフォローアップ、負荷のかかる周囲の者への配慮や支援を行うことが望ましい。

4.就業上の配慮

(1)労働条件の変更

 引続き通院が必要な場合や服薬による副作用のため、例えば、1日の労働時間の短縮、1週間の勤務日数を削減するなど、労働条件を変更することがあります。
 労働契約法8条は、労使が「その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる」としており、個別同意があれば変更が可能となります。
 なお、個別同意により変更した労働条件が就業規則の基準に達しない場合は、その部分は無効となり、無効となった部分は就業規則の定める基準によることになります(労働契約法12条)。

(2)配置転換

 職種や勤務地が限定されていない従業員は、就業規則に配転の規定がありますので、これに沿った配置転換は可能です。例えば、就業規則に次のように職務の変更を定めている場合、主治医の意見を参考にして、職務の変更を行うことができると考えます。また、役職の遂行が困難である場合、それを解くということも、会社の人事権の範囲で可能と考えます。ただし、相当な理由を欠き、恣意的に行われたような場合は、人事権の濫用として無効となります。その他、社員の勤務及び健康状況により、降給をなすことがある旨も就業規則に定めておくとよいでしょう。

第○条(配置転換、出向及び昇格・昇給、降格・降給)
業務上必要がある場合は、従業員に対し就業場所もしくは従事する職務の変更、身分、資格役職の変更、長期の出張、又は出向を命じることがある。
② 会社の経営環境、従業員の勤務及び健康状況により、相当な役職への昇進、昇格・昇級、昇給、又は降職、降格・降級、降給をなすことがある。(略)

 なお、トラブル防止のためには、本人とよく話し、納得いただいた上での対応が必要です。なぜその役職が継続できないのか、合理的な理由を説明する必要があります。例えば、緊急時対応として残業や休日出勤が想定されるが、主治医の意見では残業や休日出勤は避けるとされているためといった説明です。

(3)給与について

 例えば、役職者に対して役職手当を支給すると給与規程に規定している場合、上記のように適切に役職が解かれる場合は、役職手当を不支給とすることは可能と考えます。
 次に、職務の変更やその内容が軽減された場合の給与の減額については、就業規則等にルール化されている範囲でルールに沿って減額することは可能と考えます。
 ただし、いずれも、合意の上進めていくことがトラブル防止につながると考えます。復職の際の労働条件については、次のような規定をしておくとよいでしょう。

第11条(復 職)
復職後の職務内容、労働条件その他の待遇等に関しては、休業の直前のときを基準として定める。但し、復職時に休業前と同程度の質・量・密度の業務に復せず、業務の軽減・時間短縮・責任の軽減等の措置を取る場合には、その状況に応じた、降格・給与の減額等の調整をなすことがある。

5.特殊な場合の対応

 治療後の経過が悪く、治療と仕事の両立が困難な場合等については、次のようになります。
 正社員は、上述のように職務の変更などを就業規則に定めていることが多く、職種を限定しない雇用契約になっていることが一般的です。また、従業員が私傷病で働けない場合、規則に定める一定期間を休業し、休業期間満了時に復職できない場合には退職となることが就業規則によく定められています。しかし、いきなり退職を検討するのではなく、会社が、復職に向け努力するなどのプロセスを経ることが重要です。片山組事件は、職種限定しない労働者について、就業を命じられた特定の業務について労務の提供が完全にできないとしても、「他の業務」について労務の提供することができ、(この場合の「他の業務」とは、能力・経験・地位、企業規模・業種・労働者の配置、異動の実情・難易等に照らして、当該労働者が配置される現実的可能性があると認め有れるもの)かつ、その提供を申し出ているのであれば、労働者が労働契約上の義務を果たしているとしています(最判平10.4.9労判736-15)。
 すなわち、治癒の程度や企業規模等に応じて、可能な限り、他の職種への配置転換等を検討すべきと言えます。例えば、障害が残るような場合であっても、できるだけ配置できる職務等がないか検討し、労働条件が下がるような場合は、労働者と協議し合意を得ながら復職するよう対応します。

Ⅱ 最低賃金の引上げと賃上げ

 令和5年10月以降、全国の最低賃金が改定されました。改定後の全国加重平均額は1,004円で、昨年度の961円から43円引き上げられ、過去最大となりました。
 政府は「2030年代半ばまでに全国平均が1,500円となることを目指す」としています。43円の賃上げが毎年続けば、30年代半ばに1,500円程度になる計算です。
 現状の賃金水準が改定後の最低賃金を下回る労働者割合を示す「影響率」は、かつての数%程度から22年には19.2%にまで高まっており、初任給や時給を見直す企業の相談も多く寄せられます。また、固定残業代を導入している企業は、固定残業代を除いた金額が最低賃金を下回っていないか今一度確認して下さい。
 なお、連合は10月19日に、24年の春季労使交渉で「5%以上」の賃上げを要求すると発表しています。23年の結果は平均3.58%と30年ぶりの水準になりましたが、定昇を除くベア部分では2.12%と、3%以上で推移する消費者物価の伸びに届いていません。実質賃金のマイナスが続き、十分な賃上げの実感につながっていないのが現状です。また、1,000人以上で平均3.69%だった一方、100人未満では2.94%にとどまるなど、企業規模や業種によっても賃上げ率は異なります。賃上げは今後も続く課題となりそうです。

Ⅲ 「年収の壁・支援強化パッケージ」について

 会社員や公務員に扶養される配偶者は「第3号被保険者」と呼ばれ、保険料負担がありません。うち約4割は就労していますが、一定以上の収入になると扶養から外れ、自らの社会保険料負担により手取り額が減少してしまうため、就業調整をしている人が相当数います。また最低賃金が上がるにつれ、就業調整のため働ける時間が短くなってきており、人手不足に悩む企業にとって深刻な問題になっています。一方で、手取り額が減らなければ「現在より多く働きたい」と望むパートもいます。このようなことから政府は「年収の壁・支援強化パッケージ」を発表し、10月に適用を開始し、次の年金制度改正までのつなぎ措置としました。
 内容は、①新たに106万円を超えて働く場合、社会保険料の負担相当額を手当で支給した企業に最大50万円のキャリアップ助成金を支給すること、②年収が一時的に130万円を超えても2年までは扶養から外さないこと、③企業の配偶者手当の見直しの促進です。
 人手不足が課題になっている企業では、①の助成金や社会保険適用促進手当のしくみを利用して、パートの処遇改善を図り、活躍を促進していくことが考えられます。
 ②の点については、被扶養者(例・妻)の勤務先の事業主が、一時的に収入が130万円以上に増えたことを証明し、被保険者(例・夫)の勤務先の会社を通じて、協会けんぽ又は健康保険組合(以下、健保組合等という)に提出することになります。これは、新たに被扶養者の認定を受ける際、又は健保組合等が被扶養者の資格確認を行う際に、提出するものです。また、連続2回までが上限となりますが、新たに被扶養者を認定する場合を含む被扶養者の収入確認に当たって、事業主証明を用いて被保険者が一時的な収入変動であると確認した場合は「1回」と数えられます(厚生労働省「事業主の証明による被扶養者認定Q&A」以下、Q&Aという。Q1-6)。また、一時的な収入増加の要因としては、残業手当や臨時的に支払われる繁忙手当等が想定され、基本給が上がった場合や恒常的な手当が新設された場合など、今後も引き続き収入が増えることが確実な場合においては、一時的な収入増加とは認められません(Q&AQ1-8)。なお、Q&Aでは、毎年11月に被扶養者の収入確認が行われている場合に、どの期間の事業主の収入証明があればよいかの事例を載せていますが、詳細は健保組合等への確認が必要です。証明書の様式も示されていますので、ご参考までに掲載しておきます。
 次に、配偶者手当の見直しを検討している企業は、③の内容が参考になります。配偶者手当の廃止・縮小分を基本給や子供の扶養手当に移行するなど、原資は減らさないようにして、不利益変更の対策を講ずる必要があります。

【見直し内容の具体例】
  1. 配偶者を対象とする手当を廃止したもの

    <例>

    • 家族手当を廃止し、または配偶者を対象から除外し相当部分を基本給等に組入れ
    • 配偶者に対する手当を廃止し、子どもや障害を持つ家族等に対する手当を増額
    • 家族手当や住宅手当を廃止し、基礎能力に応じて支給する手当を創設
  2. 配偶者を対象とする手当を縮小したもの

    <例>

    • 配偶者に手厚い支給内容を、扶養家族1人あたり同額を支給
      (配偶者に対する手当を減額し、子どもや障害を持つ家族等に対する手当を増額)
    • 配偶者に対する手当は、一定の年齢までの子どもがいる場合のみ支給
    • 管理職及び総合職に対する扶養手当を廃止し、実力、成果、貢献に応じて配分
  3. 配偶者を対象とする手当を存続したもの

    <例>

    • 他の手当は改廃したものの、生活保障の観点から家族手当は存続

(「配偶者手当」の在り方の検討に向けて~配偶者手当の在り方の検討に関し考慮すべき事項~(実務資料編)令和5年1月改訂版29頁)

 厚生労働省は各制度の具体的な内容を次のHPに示していますのでご参考ください。
 https://www.mhlw.go.jp/stf/taiou_001_00002.html

【図表1】

【図表2】

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