先日、●●という退職代行業者から連絡があり、従業員Aが○日から年次有給休暇を消化し□日付けで退職する旨と、本人への連絡は業者を介するよう伝えてきました。このまま、本人と連絡をとらないで退職手続きを進めてよいのでしょうか?この退職代行業者は、弁護士や労働組合が運営主体ではなさそうです。

 業者と従業員Aとの間の契約書や委任状など出してもらい、本当にAが業者に依頼したのか、本人の意思であるかの確認が必要です。併せて、退職届等の書面を確認し、筆跡等から本人の意思表示であることが確認できる場合は、業者を通して手続きを進めることも一つの方法です。非弁護士の退職代行の場合は代理権がなく使者に過ぎないため、あくまでも本人と直接やり取りするということでも構いませんが、実際には本人と連絡がとれるケースはあまりなく、きちんと書類等で問題ないことが確認できる場合は、業者を通じて退職手続きを進めた方がスムーズなこともあるでしょう。

1.退職代行業者の増加

 2年ほど前から、退職代行業者を介して、退職を申し出る従業員に関するご相談が増えています。一時期の人手不足感から、退職したい従業員を強引に引き留めるブラック企業が話題となり、退職代行業者が増えてきているようです。
しかし、強引な引き留めをするブラック企業は一握りと考えます。多くのケースでは、会社に退職したいと言いづらい、このまま会社に連絡をとらないでフェイドアウト(退職)したいといった従業員の思惑があるように感じます。特に、若い世代にその傾向があるようです。
また、退職代行業者も充実しており、「24時間365日対応即日」をうたう弁護士の代行サービスなどもあります。ネットで安価に頼める業者もあり、気軽に依頼できるような体制がとられています。最近では報道にも取り上げられ、退職代行業者の存在が知られるようになりました。
 退職代行業者による退職問題は、会社の規模、業種、体質などを問わず、どの企業でも遭遇し得るケースと言えます。

2.退職代行業者の運営主体の確認

 退職代行業者には、大きく分けて次のような種類があります。

  1. 弁護士の退職代行
  2. 非弁護士の退職代行
  3. ユニオン(労働組合)の退職代行

 弁護士でない者(非弁護士)が弁護士業務を行うことは非弁行為などと呼ばれ、禁止されています(弁護士法72条)。弁護士業務には、未払い残業代の請求や年次有給休暇の買い取りなどの交渉が含まれますので、①の場合はこのような交渉まで可能となります。
②は退職の申出を本人に代わっておこなう「使者」という立場をとり、非弁行為に触れないようにしているようです。交渉はせず、使者として退職の意思表示を本人に代わって伝達するだけならば可能と考えられています。従って、②の非弁業者が未払い残業代等の交渉をしてきた場合は、本人や弁護士からの連絡でなければ対応できないと答えましょう。また、未払残業代の請求がある場合は放置できませんので、専門家等に相談しながら社内調査し未払があれば払うといった対応も必要です。なお、非弁業者でも、交渉が必要な場合は、顧問弁護士が対応するといったこともあるようです。
③は最近出てきた類型です。ユニオンとは社外の労働組合で、労働者1人からでも加入できる組合です。この場合、労働組合として、会社と団体交渉する権利を有しているため、会社と交渉することが可能です。
 以上から、どのような業者なのかによって、対応も変わってきます。連絡があった場合はホームページなどで、運営主体や弁護士の存否などを確認しておくとよいでしょう。

3.委任状や契約書の確認

 当該従業員が本当に業者に退職代行を頼んでいるのか、契約関係の確認が必要です。そのため、当該従業員と退職代行業者間の委任状や契約書を提出してもらう必要があります。ユニオンの場合は、当該ユニオンに加入したことが確認できる加入届などを提出してもらいます。

(1)②非弁護士の退職代行の場合

契約関係が確認できた場合、この業者を窓口にするか検討することになります。あくまで使者に過ぎないため、業者を通さずに直接本人と連絡を取っても構いません。
 
 契約関係を確認できなかった場合は、この業者を窓口にすることには注意が必要です。委任状等がないので本人の意思が確認できないため、業者を通して対応できない、または本人の意思であるという裏付けがとれない限り、適法な退職の意思表示と認められないと伝えてもよいでしょう。

(2)①弁護士の退職代行・③ユニオンの退職代行の場合

契約関係が確認できた場合、弁護士は代理権があること、ユニオンは団体交渉権があることから、対応を拒否することはできません。
 
 契約関係が確認できなかった場合は、(1)と同じ対応が考えられます。もっとも、本当に弁護士やユニオンが退職代行を行っている場合は、このような書類は整備されていることが通常と考えます。

4.実務上の対応

 ほとんどのケースで、業者からQのような電話がかかってきた際、委任状などの契約確認書類を依頼すれば、それらの書類と退職届等が送られてきます。退職日は、年次有給休暇の残日数を消化した日付で申し出てくることが一般的です。また、貸与物の返還や自社の様式で退職届を書いてもらいたい場合は、業者を通して伝えることでスムーズに進むことが多いです。
 従って、実務的には、書類や筆跡等から本人の意思表示であることが確認できる場合は、業者を通して手続きを進めても良いと考えています。なお、正式な退職手続きに移るまでに、当該従業員による不正行為の有無などは調査しておくべきでしょう。
 会社としては、大切に育てた従業員から、会社に相談も一報もなく業者を通して退職することにショックや違和感を覚え、本人に真意を確かめたいと思うこともあるでしょう。その場合は、直接本人に連絡をとるということも可能ですが、お金を払ってまで業者を通したいという心理状態ですので、本人と連絡がとれないことも多いようです。そのような従業員を深追いするのではなく、職場環境等を見直す、若年社員のフォローを行うなど、今後の対策に目を向けるべきと考えます。

5.退職に関する法規制の確認と民法改正

 労働者からの退職届や退職願(以下、退職届等という)の提出は、労働契約解約の申込であり、その申込を会社が承諾すれば、労働契約は合意により解約されます。これを合意退職とも言います。
 また、辞職という考え方もあります。辞職とは、労働者による労働契約の解約のことです。期間の定めのない雇用契約においては、労働者は、2週間の予告期間を置けば「いつでも」契約を解除できます(民法627条1項)。
 一般の退職届等は労働契約の合意解約の申し込みと解されていますが、実は一方的な解約告知の場合があります。すなわち、会社の都合などまったく構わず退職届等に記載された退職日付になりふり構わず退職するという強引な態度である場合は、労働者による一方的な解約とされます。この場合通常は、民法627条1項に従い、2週間前などの必要な予告期間をおけば労働契約は終了することになります。
多くの就業規則では、30日前に退職を申し出て会社の承認により退職といったいわゆる合意退職の規定を定めていますが、本人がどうしてもこの日付で退職したいという辞職の場合2週間後には退職できることになります。退職代行も、民法627条1項に触れ、2週間の予告期間をおいて退職する旨補足していることがあり、辞職による場合は2週間後の退職が有効になると言えます。
 なお、今年の4月に民法が改正されました。改正前の民法では、期間によって報酬を定めた場合は、当期の前半に次期以降に解約の申し入れが必要とされていました。例えば、月給制の場合、当月で退職したい場合は、当月の前半に辞職を申し出なければなりません。当月の後半に辞職を申し出た場合、翌月末までは退職できず、その結果30日を超える予告期間が必要でした。この制度は、使用者による解雇の予告期間より長く、不合理との指摘がありました。そこで、労働者からの解約申し入れには、民法627条2項・3項の適用がないことを明らかにするため、2項に「使用者からの」との文言を追加しました。以上により、民法改正後は、労働者からの解約の申出は、627条1項が適用され、報酬の定めの期間にかかわらず、いつでも、2週間の予告による辞職が可能となりました(民法第627条第1項)。
 ただし、使用者からの解約は、労基法の適用がある場合には、同法20条の30日前の解雇予告が適用され、民法の規律は排除されます。従って、民法627条2項・3項の規定が適用されるのは、家事使用人等の限定的なケースと言われています。

【民法】第六百二十七条 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
2 期間によって報酬を定めた場合には、使用者からの解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。
3 六箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申入れは、三箇月前にしなければならない。