労働条件明示事項と裁量労働制の改正が行われると聞きました。どのような実務対応が必要か教えて下さい。

全ての労働契約締結時に就業場所・業務の変更の範囲の明示が必要になります。
有期労働契約については、その締結時に更新上限の有無と内容の明示、無期転換申込権が発生する契約の更新時に無期転換申込機会・無期転換後の労働条件の明示が必要です。これらは令和6年4月1日以降に締結を行う場合に適用となりますが、それ以前に締結する場合から対応しても構いません。
裁量労働制は、労使協定の締結事項が追加され、労働者本人の個別同意が必要になります。改正前から引続き裁量労働制を適用する場合でも、新事項を追加した労使協定の締結・届出、就業規則の修正・届出をし、裁量労働制を適用する労働者への説明と個別同意を得る必要があります。これらは令和6年4月1日までの対応が必要です。

労働条件明示、裁量労働制の改正

1.労働条件明示事項と裁量労働制の改正【令和6年4月1日】

 労働条件明示事項と有期労働契約の無期転換ルール、裁量労働制等について、省令や告示の改正が行われ、令和6年4月1日に施行されます。随時、厚生労働省から、Q&A、通達、パンフレット等が示されています。これらを参考に注目点を取り上げます。

2.有期労働契約の無期転換ルールと労働条件明示事項

有期労働契約の無期転換ルールと労働条件明示事項

(厚生労働省パンフレット「2024年4月から労働条件明示のルールが変わります」)

1.いつから対応が必要か

 令和6年4月1日を契約の開始日とする契約の締結を3月以前に行う場合、新たな明示ルールに基づく明示をする必要があるでしょうか。
 この点、労基法15条の労働条件明示は、「労働契約の締結に際し」行うものであるから、契約の始期が令和6年4月1日以降であっても、令和6年3月以前に契約の締結を行う場合には、改正前のルールが適用され、新たな明示ルールに基づく明示は不要です(「令和5年改正労働基準法施行規則等に係る労働条件明示等に関するQ&A」(以下「労働条件明示Q&A」という))。もっとも、令和6年3月以前から新たな明示ルールにより対応することは望ましいとされています。各企業の管理のし易さから、例えば、契約開始日が4月1日以降のものから対応するのか、または締結日が4月1日以降ものから対応するのか等を検討するとよいでしょう。

2.就業場所・業務の変更の範囲の明示 【労働基準法施行規則5条の改正】

 全ての労働契約の締結と有期労働契約の更新のタイミングごとに、就業場所・業務の変更の範囲の明示が必要になります。以下、厚生労働省のパンフレット「2024年4月からの労働条件明示のルール変更備えは大丈夫ですか?」を参考に、具体的な明示例をあげておきます。

①就業場所・業務に限定がない場合

 すべての就業場所・業務を含める必要があります。次の明示方法があげられますが、トラブル防止のため、出来る限り就業場所・業務の変更の範囲を明確にし、労使間でコミュニケーションをとり、認識を共有することが重要とされています。

  • 「会社の定める○○」
  • 変更の範囲を一覧表として添付するなど
    • 就業場所・業務に限定がない場合

      (厚生労働省「2024年4月からの労働条件明示のルール変更備えは大丈夫ですか?」)

      ②就業場所・業務の一部に限定がある場合

       就業場所・業務の変更の範囲が一定の範囲に限定されている場合は、その範囲を明確にします。

      就業場所・業務の一部に限定がある場合

      (厚生労働省「2024年4月からの労働条件明示のルール変更備えは大丈夫ですか?」)

      ③完全に限定(就業場所や業務の変更が想定されない場合)

       専門職やパート等で変更の範囲を限定しているケースもあります。その場合はその旨を変更の範囲で明確にしましょう。

      完全に限定(就業場所や業務の変更が想定されない場合)

      (厚生労働省「2024年4月からの労働条件明示のルール変更備えは大丈夫ですか?」)

       その他、一時的に限定がある場合などの例はパンフレットをご確認下さい。

      2.更新上限の明示等

      ①更新上限の明示等【労働基準法施行規則5条の改正】

       有期労働契約の締結と契約更新のタイミングごとに、更新上限(有期労働契約の通算契約期間または更新回数の上限)の有無とその内容の明示が必要になります。

      ②更新上限を新設・短縮する場合の説明【雇止め告示の改正】※

       以下のいずれかの場合は、その理由を有期契約労働者にあらかじめ(更新上限の新設・短縮をする前のタイミングで)説明することが必要になります。

      1. 最初の契約締結より後に更新上限を新たに設ける場合
      2. 最初の契約締結の際に設けていた更新上限を短縮する場合

       説明の方法は特定の方法に限られるものではないとされています。

      ※「有期契約労働者の雇止めや契約期間について定めた厚生労働大臣告示」(有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準。以下「雇止め告示」という)

      3.無期転換申込機会の明示【労働基準法施行規則5条の改正】

       有期労働契約の通算契約期間が5年を超えると「無期転換申込権」が発生しますが、発生する更新のタイミングごとに、無期転換を申し込むことができる旨(無期転換申込機会)の明示が必要になります。
       初めて無期転換申込権が発生する有期労働契約が満了した後も有期労働契約を更新する場合は、更新のたびに、無期転換申込機会の明示が必要になります。

      無期転換申込機会の明示【労働基準法施行規則5条の改正】

      (厚生労働省「2024年4月からの労働条件明示のルール変更備えは大丈夫ですか?」)

      厚生労働省 モデル労働条件通知書

      (厚生労働省 モデル労働条件通知書)

       上記は、厚生労働省のモデル労働条件通知書です。更新上限がない場合には「更新上限の有無」の明示は不要ですが、明確化のためにモデル労働条件通知書には有無の記載があります。

       なお、労働条件通知書の発行にあたり、通算契約期間が5年を超えるかの管理が必要になります。書式を2つ設ける、5年を超えたらこれまでの書式に必要条文を入れ込む、その他、無期転換申込機会の可・不可を明示するような書式も可能と考えます。次は一例です。

      (例)①本契約期間中に会社に対して無期労働契約の締結申込み :( 可 ・ 不可 )
      ②①が「可」の場合、本契約期間の末日の翌日から、無期労働契約の雇用に転換できる。この場合の本契約からの労働条件の変更は無い。ただし、無期労働契約転換後の定年は満60歳到達の年度末とする。

      4.無期転換後の労働条件の明示等

      ①無期転換後の労働条件の明示 【労働基準法施行規則5条の改正】

       「無期転換申込権」が発生する更新のタイミングごとに、無期転換後の労働条件の明示が必要になります。こちらも上記3.と同様、更新のたびに無期転換後の労働条件の明示が必要になります。

      ②均衡を考慮した事項の説明 【雇止め告示の改正】 努力義務

       「無期転換申込権」が発生する更新のタイミングごとに、無期転換後の賃金等の労働条件を決定するに当たって、他の通常の労働者(正社員等のいわゆる正規型の労働者及び無期雇用フルタイム労働者)とのバランスを考慮した事項(例:業務の内容、責任の程度、異動の有無・範囲など)について、有期契約労働者に説明するよう努めなければならないこととなります。なお、労働契約法3条2項において、労働契約は労働者と使用者が就業の実態に応じて均衡を考慮しつつ締結又は変更すべきものとされています。

      5.就業規則を確認できる場所や方法【通達の改正】

       「労働基準法施行規則及び労働時間等の設定の改善に関する特別措置法施行規則の一部を改正する省令等の施行等について(無期転換ルール・労働契約関係の明確化等)」(令和5年10月12日付け基発第1012代2号)において、就業規則を備え付けている場所等を労働者に示すこと等により、就業規則を労働者が必要なときに容易に確認できる状態にする必要があることが明らかにされました。
       これに基づき、厚生労働省のモデル労働条件通知書に次の記載が追加されています。労働条件通知書にこの記載が無くとも違反とまでは言えませんが、労働者に分かるよう周知されていないと指導対象になる可能性があります。またトラブル防止のためにも、労働条件通知書への記載をしておくべきでしょう。

      就業規則を確認できる場所や方法【通達の改正】

      (厚生労働省 モデル労働条件通知書)

      3.裁量労働制に関する改正

      1.裁量労働制の導入・継続に関する新たな手続

       令和6年4月1日以降、新たに、又は継続して裁量労働制を導入するためには、「労使協定」(専門型の場合)または「労使委員会の運営規程」(企画型の場合)に、追加事項を入れ込むことが必要になりました。ここでは、専門型について説明いたします。
       専門業務型裁量労働制を継続導入する事業場では令和6年3月末までに(新たに導入・適用の場合は導入・適用するまでに)、改正事項を追加した協定届の届出しなければなりません。
       また、専門型の場合、改正前は本人同意が不要でしたが、改正後は本人同意が適用要件になるため、改正前から専門型を適用している企業においても、新たに同意を得る必要があります。なお、労働者本人の同意は、労働者ごとに、かつ労使協定の有効期間ごとに得る必要があります。労使協定の有効期間は3年が上限ですので、有効期間を3年とした場合は、3年ごとに労働者本人の同意を得ることになります。

      2.専門業務型裁量労働制の手続の流れ

      STEP.1 労使協定を過半数労働組合または過半数代表者と結ぶ

      ◆労使協定で定めらなければならない事項

      1. 制度の対象とする業務(省令・告示により定められた20業務)
      2. 1日の労働時間としてみなす時間(みなし労働時間)
      3. 対象業務の遂行の手段や時間配分の決定等に関し、使用者が適用労働者に具体的な指示をしないこと
      4. 適用労働者の労働時間の状況に応じて実施する健康・福祉確保措置の具体的内容
      5. 適用労働者からの苦情処理のために実施する措置の具体的内容
      6. 制度の適用に当たって労働者本人の同意を得なければならないこと
      7. 制度の適用に労働者が同意をしなかった場合に不利益な取り扱いをしてはならないこと
      8. 制度の適用に関する同意の撤回の手続き
      9. 労使協定の有効期間(※3年以内とすることが望ましいです)
      10. 労働時間の状況、健康・福祉確保措置の実施状況、苦情処理措置の実施状況、同意および同意の撤回の労働者ごとの記録を労使協定の有効期間中およびその期間満了後3年間保存すること

      ※下線太字部分は、改正による追加事項です。

      STEP.2-1 個別の労働契約や就業規則等の整備(一度整備すればよい)
      STEP.2-2 所轄労働基準監督署に協定届を届出
      STEP.3 労働者本人の同意を得る(令和6年4月1日~)

      ◆次の➊~❸を明示して説明した上で、労働者の同意を得ます。

      1. 対象業務の内容や労使協定の有効期間を始めとする労使協定の内容等
        専門型の制度の概要(みなし労働時間を含む)
      2. 同意した場合に適用される賃金・評価制度の内容
      3. 同意をしなかった場合の配置および処遇
      STEP.4 制度を実施する

      ◆運用の過程で必要なこと

      1. 対象業務の遂行の手段や時間配分の決定等に関し、使用者が適用労働者に具体的な指示をしないこと
      2. 対象業務の内容等を踏まえて適切な水準のみなし労働時間を設定し、手当の支給や基本給の引上げなどにより相応の処遇を確保すること ❸適用労働者の健康・福祉確保措置を実施すること
      3. 適用労働者からの苦情処理措置を実施すること
      4. 同意をしなかった労働者や同意を撤回した労働者に不利益な取り扱いをしないこと
      5. 労働時間の状況、健康・福祉確保措置の実施状況、苦情処理措置の実施状況、同意及び同意の撤回の労働者ごとの記録を労使協定の有効期間中およびその期間満了後3年間保存すること
      STEP.5 労使協定の有効期間の満了(継続する場合は1へ)

      3.厚生労働省の協定例、書式例等

      ◆労使協定例 下線は筆者

      第1条 本協定は、次に掲げる労働者(以下「適用労働者」という。)に適用する。
      本社附属事務処理センターにおいて情報処理システムの分析又は設計の業務に従事する労働者
      第2条 制度を適用する労働者は、前条で定める業務に従事する者のうち、入社して7年目以上でかつ職務の級が主事6級以上である者とする。(就業規則第○条で定める管理監督者を除く。)
      (専門業務型裁量労働制の原則)
      第3条 適用労働者に対しては、使用者は業務遂行の手段及び時間配分の決定等につき具体的な指示をしないものとする。
      (事前の同意等)
      第4条 制度を適用するに当たっては、使用者は、事前に本人の同意(以下「本人同意」という。)を得なければならない。
      本人同意を得るに当たっては、使用者は、専門業務型裁量労働制の制度の概要、制度の適用を受けることに同意した場合に適用される賃金・評価制度の内容並びに同意しなかった場合の配置及び処遇について、労働者に対し、明示した上で説明するものとする。
      (不同意者の取扱い)
      第5条 使用者は、本人同意をしなかった者に対して、同意をしなかったことを理由として、解雇その他不利益な取り扱いをしてはならない。
      (同意の撤回)
      第6条 適用労働者の同意の撤回は、次の手続に従い、行うものとする。
      (1) 同意の撤回の申出先は次のとおりとする。
      場所: 総務部総務課
      担当者: ○○○○
      (2) 会社所定の撤回申出書に必要事項を記入の上、申し出ることとする。
      2 適用労働者が同意を撤回した場合における処遇については、本人同意が行われる前の部署における同職種の労働者に適用される人事制度及び賃金制度を基準に決定するものとする。
      (略)

      (厚生労働省「専門業務型裁量労働制の解説」)

      第○条 当社は、労働基準法第38条の3に基づき、事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においては当該労働組合、当該労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者と、専門業務型裁量労働制に関する労使協定(以下「協定」という。)を締結した場合は、協定で定める範囲に属する労働者であって、協定で定める同意を得た者(以下「裁量労働制適用労働者」という。)に対し、協定及び本条に定めるところにより、専門業務型裁量労働制を適用する。
      2 前項の同意は、協定の有効期間ごとに個々の労働者から専門業務型裁量労働制の適用を受けることに関する同意書に署名を得る方法によるものとする。
      3 裁量労働制適用労働者が、所定労働日に勤務した場合には、第○条に定める就業時間及び実際の労働時間に関わらず、協定で定める時間労働したものとみなす。
      (略)

      (厚生労働省「専門業務型裁量労働制の解説」)

      ◆本人同意を得るに当たって労働者に明示する書面のイメージ

      本人同意を得るに当たって労働者に明示する書面のイメージ

      (厚生労働省「専門業務型裁量労働制の解説」)

      ◆制度の適用に関する同意書面のイメージ

      制度の適用に関する同意書面のイメージ

      (厚生労働省「専門業務型裁量労働制の解説」)

      ◆同意の撤回書面のイメージ

      同意の撤回書面のイメージ

      (厚生労働省「専門業務型裁量労働制の解説」)