当社には、契約社員やパートタイマーがいて、正社員とは異なる処遇にしていますが、同一労働同一賃金の観点からどのような対策が必要ですか?
正社員と契約社員、パートタイマーのそれぞれの職務の内容、職務の内容・配置変更の範囲、その他の事情に違いがあるかといった点と、それぞれの待遇についてどのような違いがあるかについて整理し、その性質・目的に照らして違いが不合理でないかどうか、確認する必要があります。不合理な場合は是正が必要です。
【1】労働契約法改正の概要
少子高齢化により今後企業の人手不足は深刻さを増すとみられています。企業が持続的に成長していくためには、正社員のみならず、パートや契約社員等の非正規社員が活躍できる職場環境を整備し、納得して働ける待遇を実現することが、人材確保策の一つになります。このような背景があり、働き方改革関連法により、2020年4月(中小企業は2021年4月)から、正社員と非正規社員との間の不合理な待遇差が禁止されることになりました。改正にあたり、厚生労働省は「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」(厚生労働省告示430号平成30年12月28日)を発表しています。
この法規制には罰則はなく、不合理か否かについては、最終的には裁判までいかないとはっきりしません。また、指針は、基本的な考え方を明らかにして事業主・労使の取り組みを促す趣旨のものであるため、この基準に違反した待遇差については不合理と認められる等の可能性があるというだけにとどまり、裁判所の法的判断を拘束するものではありません。もっとも、裁判所が本指針を踏まえて不合理性の判断をする可能性は高いとも言えます。
また、指針は、不合理か否かについては規定しているものの、どの程度の待遇差にすべきかまで詳細には規定されていません。実務に当たっては、判例等を踏まえて、どのような待遇差にするのか検討していく必要があります。また、判断に迷うケースについては、明らかに改善が必要なものを除いて、最高裁で争われている裁判の結果が出てから対応するという考え方もあります。
【短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律】
◆均衡待遇
(不合理な待遇の禁止)
第八条 事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。
◆均衡待遇
(通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者に対する差別的取扱いの禁止)
第九条 事業主は、職務の内容が通常の労働者と同一の短時間・有期雇用労働者(第十一条第一項において「職務内容同一短時間・有期雇用労働者」という。)であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるもの(次条及び同項において「通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者」という。)については、短時間・有期雇用労働者であることを理由として、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならない。
【2】検討の流れ
(1)社員のカテゴリーごとに職務の内容等を整理する
今回の改正は、「通常の労働者」(正社員及び無期雇用フルタイム労働者)と「短時間・有期雇用労働者」を比較するものです。従って、正社員、契約社員、パートタイマー、再雇用社員など、雇用形態ごとの労働契約期間、所定労働時間等を書き出します。
また、①職務の内容、②職務の内容・配置の変更範囲を具体的に書き出します。①及び②が同じならば均等待遇、それ以外の場合は、均衡待遇を図ることになります。
ご参考までに厚生労働省のHPから、次のエクセルのワークシートがダウンロードできます。一例ですので、各企業にて整理しやすい方法で行ってください。
図表1 厚生労働省「不合理な待遇差解消のための点検・検討マニュアル」ワークシート
①職務の内容、②職務の内容・配置の変更範囲の判断手順は次の通りです。
【「①職務の内容」が同じか否かの判断手順】
図表2 厚生労働省「不合理な待遇差解消のための点検・検討マニュアル」業界共通編
【「②職務の内容・配置の変更の範囲」が同じか否かの判断手順】
図表3 厚生労働省「不合理な待遇差解消のための点検・検討マニュアル」業界共通編
図表4 厚生労働省「不合理な待遇差解消のための点検・検討マニュアル」業界共通編
(2)待遇の違いを整理する
通常の労働者(以下単に「正社員」ともいう)の待遇について、短時間・有期雇用労働者(以下単に「非正規社員」ともいう)の待遇との間で「同じ」か「異なる」かを社員タイプごとに整理します。なお、比較すべき通常の労働者について厚生労働省は、「総合職、一般職、限定正社員など様々な雇用管理区分がありますが、それらの全ての通常の労働者との間で不合理な待遇差を解消する必要があります」としています。しかし、実務にあたっては、まずは、担当業務や異動等の範囲が近い人と比べるという考え方で良いと考えます(日本郵便事件・東京地判平29.9.14労判1164-5)。
図表5 ※職務内容、職務内容・配置変更範囲等が近い人と比較します
図表6 厚生労働省「不合理な待遇差解消のための点検・検討マニュアル」ワークシート
図表7 厚生労働省「不合理な待遇差解消のための点検・検討マニュアル」業界共通編
(3)待遇差の整理
改善が必要かどうか検討していきます。例えば、決定基準の違いから待遇差が生じている場合は、その決定基準の違いが①職務の内容、②職務の内容・配置変更の範囲、③その他の事情などから生じていると説明できるのかといった点から検討します。特に、図表7の「当該業務に伴う責任の程度」は、正社員と非正規社員で違いが出ることが多いと考えれられます。
不合理性の有無については、それぞれの待遇ごとに検討します。以下、ご相談の多い項目について、ポイントを整理します。
❶基本給
指針では、正社員と非正規社員について、同じ賃金決定基準であれば均衡を図る必要があります。裏を返せば、指針では、異なる賃金決定基準であれば、待遇が異なっていても良いということになります。
また、①職務内容(業務内容・責任の程度)、②職務内容・配置の変更範囲(転勤や昇進、役割の変化等)、③その他の事情(「職務の成果」「能力」「経験」「労使交渉の経緯」等)の違いに応じた、待遇差であることも重要です。
例えば、正社員は職能資格給制度を適用し、様々な職務や役職に就くために能力の向上図り、その能力向上に応じ賃金表に基づいて昇給し、パートは限定された職務にしか就かないため、世間相場を踏まえた職務に応じた時給制で、限定された職務の習熟に応じて時給が上がるといった賃金決定基準の基準を説明できるようにしておきます(大阪医科薬科大学事件[控訴審] ・大阪高判平31.2.15)。
【概要】
- 基本給であって、労働者の能力又は経験に応じて支給するもの
- 基本給であって、労働者の業績又は成果に応じて支給するもの
- 基本給であって、労働者の勤続年数に応じて支給するもの
- 昇給であって、労働者の勤続による能力の向上に応じて行うもの
それぞれにつき、同一であれば同一の、一定の相違があればその相違に応じて支給しななければならない。
【例】
- 基本給であって、労働者の能力又は経験に応じて支給するもの
基本給であって、労働者の能力又は経験に応じて支給するものについて、通常の労働者と同一の能力又は経験を有する短時間・有期雇用労働者には、能力又は経験に応じた部分につき、通常の労働者と同一の基本給を支給しなければならない。また、能力又は経験に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた基本給を支給しなければならない。
【大阪医科薬科大学事件[控訴審]・大阪高判平31.2.15】 不合理でない○
(概要)アルバイト職員として教室事務員の業務に従事していたXが正社員との労働条件相違について労働契約法20条違反の有無について争った事例。(職務の内容及び配転の範囲に相違あり)
正社員とアルバイト職員には、実際の職務も配転の可能性も採用に際し求められる能力にも相当の相違があった。正社員は勤続年数に伴う職務遂行能力の向上に応じた職能給的な賃金、アルバイト職員は特定の簡易な作業に対応した職務給的な賃金の性格を有していた。正社員と2割程度の賃金格差があるが、アルバイト職員は短時間勤務者が6割を占めていたこと等から、アルバイト職員に、短時間勤務者に適した時給制を採用していることは不合理といえない。
【メトロコマース事件[控訴審]・東京高判平31.2.20】 不合理でない○
(概要)東京メトロ駅構内の売店で販売業務に従事してきた契約社員4人が正社員との労働条件相違について労働契約法20条違反の有無について争った事例。(職務内容及び変更範囲に相違あり)
「正社員については、職務の内容に関しては代務業務やエリアマネージャー業務に従事することがあり得る一方、休憩交代要員にはならないし、職務内容及び変更範囲に関しては売店業務以外の業務の配置転換の可能性があるのに対し、契約社員Bは、職務の内容に関しては原則として代務業務に従事することはないし、エリアマネージャー業務に従事することは予定されていない一方、休憩交代要員になり得るし、職務内容及び変更範囲に関しては売店業務以外の業務への配置転換の可能性はないという相違があるということができる。」とし、本給の金額としては正社員の「それぞれ74.7%、72.6%、73.6%と一概に低いとはいえない割合となっているし、契約社員Bには、正社員とは異なり、皆勤手当及び早番手当が支給されている。そして、このような賃金の相違については、決して固定的・絶対的なものではなく、契約社員Bから契約社員Aへ及び契約社員Aから正社員への各登用制度を利用することによって解消することができる機会も与えられている」としています。
❷賞与
指針の<問題とならない例>■を参考にすると、成績や目標達成度合いにより正社員の賞与は増減するが、非正規社員はそのような責任を負っておらず目標達成しなくとも不利益はないといった考え方から不支給とする余地はあると考えられます。また、対象期間中の就労に対する賃金の後払いの趣旨で出している場合、有期契約である非正規社員は対象期間の途中で期間満了により退職することが想定されるため、賃金の後払いとしての賞与はなじまないという考え方もあります。ただし、対象期間中の就労に対する賃金であるならば、非正規社員にも何らかの形でその就労に応じた対価を支払うべきとされる可能性もあります。例えば、基本時給にその分が上乗せされているといったことです。
また、大阪医科薬科大学事件[控訴審]では、アルバイトには支給しない一方で、有期契約である契約社員に対し賞与を支給していることを重視して、否定されています。中間層的な非正規社員のみ賞与を支給するといった制度は慎重に検討すべきと言えます。
有為な人材の獲得・定着を図る目的については、ハマキョウレックス事件[上告審](最高裁二小判平30.6.1)では否定されていますが、それ以降の別の判決では、かかる目的は一定の合理性が認められると引続き判示されています(日本郵便(東京)事件[控訴審]東京高判平30.12.13、日本郵便(大阪)事件[控訴審]大阪高判平31.1.24、メトロコマース事件[控訴審]東京高判平31.2.20)。
また、日本郵便(東京)事件[控訴審]及び日本郵便(大阪)[1審][控訴審]事件は、労使交渉の結果を踏まえて決定された点にも言及されています。
裁判の中には、正社員より少ない寸志で支給する事例の他に、非正規社員に全く賞与を支給しない事例でも不合理でないとされた事例がありますが、できれば非正規社員にも金一封は出しておいた方がトラブルは生じにくいと考えます。また、今後出てくる裁判例の動向を踏まえて検討することも一考です。
賞与であって、会社の業績等への労働者の貢献に応じて支給するものについて、通常の労働者と同一の貢献である短時間・有期雇用労働者には、貢献に応じた部分につき、通常の労働者と同一の賞与を支給しなければならない。 また、貢献に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた賞与を支給しなければならない。
<問題とならない例>
■A社においては、通常の労働者であるXは、生産効率及び品質の目標値に対する責任を負っており、当該目標値を達成していない場合、待遇上の不利益を課されている。その一方で、通常の労働者であるYや、有期雇用労働者であるZは、生産効率及び品質の目標値に対する責任を負っておらず、当該目標値を達成していない場合にも、待遇上の不利益を 課されていない。A社は、Xに対しては、賞与を支給しているが、YやZに対しては、待遇上の不利益を課していないこととの見合いの範囲内で、賞与を支給していない。
<問題となる例>
- 基本給であって、労働者の能力又は経験に応じて支給するもの
■賞与について、会社の業績等への労働者の貢献に応じて支給している A社においては、通常の労働者には職務の内容や会社の業績等への貢献等にかかわらず全員に何らかの賞与を支給しているが、短時間・有期雇 用労働者には支給していない。
【メトロコマース事件[控訴審]・東京高判平31.2.20】不合理でない○
賞与(正社員が本給2ヵ月分+17万6千円、契約社員Bは12万円)について、「従業員の年間賃金のうち賞与として支払う部分を設けるか,いかなる割合を賞与とするかは使用者にその経営判断に基づく一定の裁量が認められるものというべきところ、契約社員Bは,1年ごとに契約が更新される有期契約労働者であり,時間給を原則としていることからすれば,年間賃金のうちの賞与部分に大幅な労務の対価の後払いを予定すべきであるということはできないし,賞与は第1審被告の業績等を踏まえて労使の団体交渉により支給内容が決定されるものであり,支給可能な賃金総額の配分という制約もあること(略)第1審被告においては,近年は多数の一般売店がコンビニ型売店に転換され(前記1(2)),経費の削減が求められていることがうかがわれること,第1審原告らが比較対象とする正社員については,前記の経緯から他の正社員と同一に遇されていることにも理由があることも考慮すれば,契約社員Bに対する賞与の支給額が正社員に対する上記平均支給実績と比較して相当低額に抑えられていることは否定することができないものの,その相違が直ちに不合理であると評価することはできない。」とされています。
【大阪医科薬科大学事件[控訴審]・大阪高判平31.2.15】不合理である×
アルバイト社員の賞与の不支給について、「支給額は、正職員全員を対象とし、基本給にのみ連動するものであって、当該従業員の年齢や成績に連動するものではなく、被控訴人(以下Y社という)の業績にも一切連動していない。」「このような支給額の決定を踏まえると、Y社における賞与は正職員としてY社に在籍していたということ、すなわち、賞与算定期間に就労していたことそれ自体に対する対価としての性質を有するものというほかない。そして、そこには、賞与算定期間における一律の功労の趣旨も含まれるとみるのが相当である。」「先にみた賞与の支給額の決定方法からは、支給額は正職員の年齢にも在籍年数にも連動していないのであるから、賞与の趣旨が長期雇用への期待、労働者の側からみれば、長期就労への誘因となるかは疑問な点がないではない。仮に、Y社の賞与にそのような趣旨があるとしても、長期雇用を必ずしも前提としない契約社員に正職員の80%の賞与を支給していることからは、上記の趣旨は付随的なものというべきである。」「Y社は、アルバイト職員には賞与ではなく時給額で貢献への評価が尽くされているとも主張するが、具体的にどのように反映されているというのかは全く不明である」と述べ、アルバイト社員も正社員の60%は支給すべきとされました。
❸手当
【役職手当】
同じ役職(役職の内容、責任の範囲・程度が同じ)についていれば非正規にも支給します。ただし、パートで時間が短ければ按分した金額でもよいと解されます。また、使用者の人事権の裁量を逸脱・濫用していない限り、非正規社員を一定の役職等に就任させないことは問題ないと考えます。
(1)役職手当であって、役職の内容に対して支給するもの
役職手当であって、役職の内容に対して支給するものについて、通常の労働者と同一の内容の役職に就く短時間・有期雇用労働者には、通常の労働者と同一の役職手当を支給しなければならない。また、役職の内容に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた役職手当を支給しなければならない。
【特殊勤務手当】
交替制勤務等に対して支給する特殊勤務手当は、非正規社員が同一の勤務をする場合は、基本的には同一の支給にする必要があります。特殊勤務が元々の労働契約の内容になっていなかった場合は、非正規社員には支給無しとすることは可能と考えます。
(3)交替制勤務等の勤務形態に応じて支給される特殊勤務手当
通常の労働者と同一の勤務形態で業務に従事する短時間・有期雇用労働者には、通常の労働者と同一の特殊勤務手当を支給しなければならない。
【日本郵便(東京)事件・東京地判平29.9.14、控訴審も同旨】 不合理ではない○
早出勤務等手当(正社員に対し、始業時刻が午前7時以前の勤務、終業時刻が午後9時以降となる勤務に4時間以上従事したときに、始業終業時刻に応じ350円から850円の支給あり)について、時給制契約社員には支給はない(ただし、正規の勤務時間として始業時刻が午前7時以前の勤務、終業時刻が午後9時以降となる勤務に1時間従事したときは、勤務1回につき、始業終業時刻に応じて200円、300円または500円の早朝・夜間割増賃金が支給される)という制度について、正社員には勤務シフトに基づいて早朝、夜間の勤務を求め、時給制契約社員に対しては募集等の段階で勤務時間帯を特定して採用していること、時給制契約社員には、早出勤務等について賃金体系に別途反映されていること、類似の手当が時給制契約社員に有利な支給要件も存在することがから、不合理とは認められないとされました。
【精皆勤手当】
業務内容が同一であれば非正規社員にも支給します(ハマキョウレックス事件[上告審]最高裁二小判平30.6.1)。ただし、指針のように正規雇用労働者は考課で欠勤等をマイナス査定し、非正規にはマイナス査定がないので精皆勤手当を出さないことは可能と考えられます。
通常の労働者と業務の内容が同一の短時間・有期雇用労働者には、通常の労働者と同一の精皆勤手当を支給しなければならない。
<問題とならない例>
A社においては、考課上、欠勤についてマイナス査定を行い、かつ、そのことを待遇に反映する通常の労働者であるXには、一定の日数以上出勤した場合に精皆勤手当を支給しているが、考課上、欠勤についてマイナス査定を行っていない有期雇用労働者であるYには、マイナス査定を行っていないこととの見合いの範囲内で、精皆勤手当を支給していない。
【時間外手当・深夜・休日手当】
法定以上の割増賃金を支給している場合であっても、非正規にも同じ割増賃金の支給が必要と考えられます。メトロコマース事件[控訴審](東京高判平31.2.20)においても、割増率(法定の割増率を上回る割増賃金)、時間外労働の抑制という観点から正社員と非正規社員とで割増率に相違を設けるべき理由はないので、早出残業手当についての割増率の相違は不合理であるとしています。
もっとも、労働組合との交渉の結果、法定割増率を上回る割増手当を支払うことが合意された場合に、非正規社員についてタダ乗りさせるのは不公正とも言えます。リスクはありますが、判例の動向を見ながら検討するのも一つです。
【通勤手当・出張旅費】
同一の支給をします。例えば、正規雇用労働者は全額支給の場合において、非正規は採用圏を限定しているため採用圏内の全額を上限として支給することは可能と考えます。
【食事手当】
勤務時間内に食事時間が挟まれていれば、同一の支給をします。従って、午前のみ、午後のみのパートの場合は支給しなくて構いません。
【単身赴任手当】
同一の支給要件を満たしていれば非正規にも支給します。
【地域手当】
同一の地域で働けば非正規にも支給します。ただし、正規雇用労働者には転勤があるため地域手当を支給、非正規はそれぞれの地域で採用、地域の物価に応じた基本給を支給している場合、地域手当を支給しないのは可能と考えます。
【家族手当・扶養手当】
指針では、家族手当・扶養手当について規定がありません。裁判例では正社員にのみ扶養手当を支給することが不合理でないと判断された例があります(ハマキョウレックス事件[1審]大津地裁彦根支部判平27.9.16、日本郵便(大阪)事件[控訴審]大阪高判平31.1.24)。一方、その他の裁判例によると、基本的には、家族手当や扶養手当は、家族を扶養する労働者の生活を補助する目的で支給される手当であるため、労働者の職務内容等とは無関係に支給されるものであって、正社員が非正規社員かによって、生活を補助するという性格が変わるものではありません。従って、同一の支給条件にて支給することが安全ではありますが、今後の判例の動向を見ながら検討するのも一つです。
【住宅手当】
指針では、住宅手当について規定がありません。ハマキョウレックス事件[上告審](最高裁二小判平30.6.1)にもあるように、正社員には転居を伴う配転の可能性があり、非正規社員にはそのような可能性が無い場合は、住宅手当の支給の有無について差異があっても不合理でないと判断される可能性が高いと考えらえます。
❹福利厚生
【慶弔休暇、健康診断に伴う勤務免除・有給保障】
裁判で慶弔休暇について直接判示されたものが無く、現時点でははっきりしません。しかし、非正規従業員であっても私生活上の事由にもとづく就労免除の要請は異ならないと考えられるため、基本的には正規従業員と同等の制度を設けることが求められる可能性があります。
指針では、週2日勤務の短時間労働者には、勤務日の振替での対応を基本としつつ、振替が困難な場合のみ慶弔休暇を付与する制度は問題とならないとしていますので、このような設定であれば可能と考えます。
慶弔休暇はそれほど頻繁に発生するものではないと思われますので、指針に沿って設定しておくことが無難ではあります。
(3)慶弔休暇並びに健康診断に伴う勤務免除及び当該健康診断を勤務時間中
慶弔休暇並びに健康診断に伴う勤務免除及び当該健康診断を勤務時間中に受診する場合の当該受診時間に係る給与の保障(以下この(3)、第4 の4(3)及び第5の2(3)において「有給の保障」という。) 短時間・有期雇用労働者にも、通常の労働者と同一の慶弔休暇の付与並 びに健康診断に伴う勤務免除及び有給の保障を行わなければならない。
<問題とならない例>
A社においては、通常の労働者であるXと同様の出勤日が設定されて いる短時間労働者であるYに対しては、通常の労働者と同様に慶弔休暇 を付与しているが、週2日の勤務の短時間労働者であるZに対しては、 勤務日の振替での対応を基本としつつ、振替が困難な場合のみ慶弔休暇 を付与している。
【休職】
裁判例の動向からは、非正規社員に全く休職がないとするのは難しいと考えます。ただし、長期就労の可能性が異なることから、就労期間の長さと休職期間のバランスを考慮して差異を設けることは可能と考えます。
日本郵便(大阪)事件[控訴審](大阪高判平31.1.24)では、契約期間を通算した期間が5年を超えた以降も相違を設けることは不合理としています。また、大阪医科薬科大学事件[控訴審](大阪高判平31.2.15)では、正社員が私傷病欠勤時に一定の賃金(6ヵ月間は賃金全額、6ヵ月経過後は標準賃金の2割の休職給)が支給されるのに対し、非正規社員は私傷病欠勤時の賃金が1か月分、休職給の支給につき2か月分(合計3か月、雇用期間1年の4分の1)を下回る支給しかしないときは不合理としました。
短時間労働者(有期雇用労働者である場合を除く。)には、通常の労働者と同一の病気休職の取得を認めなければならない。また、有期雇用労働者にも、労働契約が終了するまでの期間を踏まえて、病気休職の取得を認めなければならない。
<問題とならない例>
A社においては、労働契約の期間が1年である有期雇用労働者であるXについて、病気休職の期間は労働契約の期間が終了する日までとしている。
【法定外年休・リフレッシュ休暇など】
リフレッシュ休暇について、裁判の動向としては、疲労回復の要請という観点からは、正社員も非正規社員も変わりがないため、非正規社員を一律に対象外とすることは難しいと考えます。ただし、付与する日数については、各企業で検討することでも良いと考えます。
一方、永年勤続休暇については、有為の人材の獲得・定着を図る目的とすれば、長期雇用を予定している正社員を対象とすることは不合理でないとされる可能性がありますが、、非正規社員が勤続年数の基準を満たす場合について対象拡大することを検討すべきでしょう。
(5)法定外の有給の休暇その他の法定外の休暇(慶弔休暇を除く。)であって、勤続期間に応じて取得を認めているもの
法定外の有給の休暇その他の法定外の休暇(慶弔休暇を除く。)であって、勤続期間に応じて取得を認めているものについて、通常の労働者と同一の勤続期間である短時間・有期雇用労働者には、通常の労働者と同一の法定外の有給の休暇その他の法定外の休暇(慶弔休暇を除く。)を付与しなければならない。なお、期間の定めのある労働契約を更新している場合には、当初の労働契約の開始時から通算して勤続期間を評価することを要する。
<問題とならない例>
A社においては、長期勤続者を対象とするリフレッシュ休暇について、業務に従事した時間全体を通じた貢献に対する報償という趣旨で付与していることから、通常の労働者であるXに対しては、勤続 10年で3日、20年で5日、30年で7日の休暇を付与しており、短時間労働者であるYに対しては、所定労働時間に比例した日数を付与している。
❺退職金
指針では、退職金について規定がありません。また、現時点では、裁判例において退職金の明確な基準を見い出すことは難しく、今後の裁判例の動向を注視しておく必要があります。しかし、正社員には退職金制度があり、非正規社員には無いといった企業も多いのが現状です。また、見直しに必要な原資は大きいと考えられるため、まずは現時点では、退職金の性質から、非正規社員に説明できるようにしておくことが肝要です。
退職金の性質には、①賃金の後払い、②功労報償、③有為の人材の獲得・定着を図る目的があります。
①賃金の後払いと考えると、賞与で述べた通り、有期雇用労働者には賃金の後払いはなじまないため、有期雇用労働者は退職金の対象外とすることも考えられますが、対象期間中の就労に対する賃金であるならば、非正規社員にも何らかの形(基本給への上乗せなど)でその就労に応じた対価を支払うべきとされる可能性もあります。
②功労報償の場合、非正規社員であっても勤務に対する功労はあると考えられることから、非正規社員に一律に支給しないことは難しくなります(メトロコマース事件[控訴審]東京高判平31.2.20)。
③有為の人材の獲得・定着を図る目的については、退職金は勤続年数に応じて増加する制度の場合、この目的に沿うものであり、そのため正社員にのみ退職金制度を適用するということは合理性があると考えられます。メトロコマース事件[控訴審]においても、「一般論として,長期雇用を前提とした無期契約労働者に対する福利厚生を手厚くし,有為な人材の確保・定着を図るなどの目的をもって無期契約労働者に対しては退職金制度を設ける一方,本来的に短期雇用を前提とした有期契約労働者に対しては退職金制度を設けないという制度設計をすること自体が,人事施策上一概に不合理であるということはできない」としています。
【メトロコマース事件・東京高判平31.2.20】不合理である×
退職金については、「一般論として,長期雇用を前提とした無期契約労働者に対する福利厚生を手厚くし,有為な人材の確保・定着を図るなどの目的をもって無期契約労働者に対しては退職金制度を設ける一方,本来的に短期雇用を前提とした有期契約労働者に対しては退職金制度を設けないという制度設計をすること自体が,人事施策上一概に不合理であるということはできない。もっとも,第1審被告(以下Y社という)においては,契約社員Bは,1年ごとに契約が更新される有期契約労働者であるから,賃金の後払いが予定されているということはできないが,他方で,有期労働契約は原則として更新され,定年が65歳と定められており,実際にも控訴人X2及び控訴人X3は定年まで10年前後の長期間にわたって勤務していたこと,契約社員Bと同じく売店業務に従事している契約社員Aは,平成28年4月に職種限定社員に名称変更された際に無期契約労働者となるとともに,退職金制度が設けられたことを考慮すれば,少なくとも長年の勤務に対する功労報償の性格を有する部分に係る退職金(退職金の上記のような複合的な性格を考慮しても,正社員と同一の基準に基づいて算定した額の少なくとも4分の1はこれに相当すると認められる。)すら一切支給しないことについては不合理といわざるを得ない。」と判断しています。このように、退職金の趣旨と実態が一致しない点を指摘されています。
【3】就業規則、給与規程の整備
上記の整理により、不合理であると判断し改善を行った場合、または従前の取扱から変更が無い場合であっても、就業規則や給与規程に規定することで、待遇の趣旨やそこから生ずる違い等を証明できるようにしておくべきです。
(1)職務内容や職務の内容・配置変更の範囲等の明確化
社員の種類ごとの職務内容や職務の内容・配置変更の範囲等の相違について、就業規則に規定しておくと良いと考えます。
(社員の種類と職務・責任の範囲等)
第□条 正社員とは、第○条の採用手続(※)により、正社員という呼称で採用されたもので、期間の定めのない労働契約を締結し、職種、職務、勤務地の限定がなく、部下の指導および会社の中核、幹部要員として雇用した者を言う。
第□条 契約社員とは、第○条の採用手続(※)により、契約社員という呼称で採用されたもので、期間の定めのある労働契約を締結し、職種、職務、勤務地を限定され、定型的、補助的業務に従事する者を言う。
第□条 パートタイマーとは、第○条の採用手続(※)により、パートタイマーという呼称で採用されたもので、正社員より所定労働時間又は所定労働日数の少ない者をいい、期間の定めのある労働契約を締結し、職種、職務、勤務地を限定され、定型的、補助的業務に従事する者を言う。
※採用手続については、正社員は書類選考、所定回数の採用面接及び筆記試験があり、契約社員やパートタイマーは書類選考と面接だけであるというように、ここも違いを規定しておくべきです。
(2)基本給の賃金決定要素
賃金規程に、基本給の賃金決定要素の違いについて、規定しておくことも重要です。非正規社員から待遇差についての説明を求められた場合の根拠にもなります。
(基本給)
第□条 正社員の賃金は月給制とし、正社員賃金規程によるものとし、基本給については職能資格制度を適用し、能力考課により別に定める賃金表により格付け決定する。
第□条 契約社員の賃金は時間給制とし、契約社員賃金規程によるものとし、採用時及び毎年の更新時に従事業務、職務内容、その職務の習熟度を勘案し、個別に雇用契約書に定める。
第□条 パートタイマーの賃金は時間給制とし、パートタイマー賃金規程によるものとし、採用時及び毎年の更新時に所定勤務時間、所定労働日数、従事業務、職務内容、その職務の習熟度を勘案し、個別に雇用契約書に定める。
(3)賞与や各種手当等についても支給の趣旨等を明確化
手当についても手当の趣旨、内容について賃金規程などに規定化しておきます。
(緊急出勤手当)
第○条 緊急出勤手当は、緊急出勤時の慰労の趣旨で定めたものであり、緊急出勤、トラブル等対応業務を負う社員に対し、その心身の負荷等にかんがみ月1万円を支払う。