中途採用で入社した従業員の入社手続をしようとした所、外見は女性ですが、法律的には男性であることが分かりました。どのような点に気を付けたらよいでしょうか。

入社手続や今後の業務遂行上必要な場合、どの範囲まで情報共有してよいのか本人の同意を得ておく必要があります。健康保険証の通称姓等の取扱などをどうするかといった点も本人に確認するとよいでしょう。採用試験などでは気づかなかったようですので、すぐにトランスジェンダーと分かるようなケースではないと思われ、名前、服装、トイレなどは性自認に沿って対応することになると思いますが、その他解説の留意点も検討しておくとよいでしょう。

LGBTに関する人事労務の留意点

1.LGBTの現状と多様性重視

 LGBTとは、レズビアン(Lesbian・女性の同性愛者)、ゲイ(Gay・男性の同性愛者)、バイセクシュアル(Bisexual・両性愛者)とトランスジェンダー(Transgender・性別の越境者)の頭文字語であり、性的少数者の総称として一般的に用いられています。
 日本全国の調査結果ではありませんが、大阪市で行われた無作為抽出調査によると、「ゲイ・レズビアン(同性愛者)」は0.7%、「バイセクシュアル(両性愛者)」は1.4%、「アセクシュアル(無性愛者)」は0.8%、「トランスジェンダー」の割合は0.7%で、重複を取り除いた計3.3%がLGBTAと推定されています。
LGBTは少数派であるという理由で差別され、自殺に至るケースや、多数派の人たちと同様の権利を持つことができないといった問題があります。また、迫害や処罰された歴史があり、宗教上の理由などから同性婚は認めないという国もあります。
 しかし近年、多様性(ダイバーシティ)を大切にし、少数者が差別されないようにしようとする流れがうまれています。また多様性を大切にし、皆が働きやすい環境を整えることで、そこから生まれる新しい価値をビジネスの推進力として活用しようとする企業も出てきています。

2.LGBTに関する法整備

 上述の流れの中、男女雇用機会均等法に基づくセクハラ指針では、セクハラには、同性に対するものも含まれるものとし、被害者の性的指向又は性自認にかかわらず、当該者に対する職場におけるセクハラも、指針の対象になることが明記されました(「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(平成 18 年厚生労働省告示第 615 号))。
また、労働施策総合推進法に基づくパワハラ指針においては、「相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動」や「労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること」(いわゆるアウティング)がパワハラに該当すると定められました(「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2.1.15厚労告第5号))。
 2021年6月には、超党派の議員連盟が進めていた「性的指向及び性自認の多様性に関する国民の理解の増進に関する法律案」(いわゆるLGBT理解増進法案)の国会提出が断念され、国会議員の差別的発言などにより議論呼ぶなど、我が国のLGBTに関する考え方、法整備はまだ過渡期にあります。しかし、LGBTやダイバーシティーへの関心の高まり、各種ハラスメント対策や差別禁止の必要性、LGBTをめぐる裁判などを考慮すると、企業の人事労務分野においてもLGBTについて検討しておくべき時期に来ていると考えます。以下、留意点を確認いたします。

3.人事労務分野の留意点

①個々のケースに応じた対応の必要性

 LGBの多くは外観上LGBと分かることがありません。一方でトランスジェンダーの中には、外見上トランスジェンダーと分かる場合があり、LGBとTでは発生する困難が異なって現れることがあります。また、個々人によっても状況が異なりますので、一律の対応というよりも、ケースバイケースでの対応を求められる可能性があります。

②いわゆるS0GIハラの禁止についての周知、相談窓口、研修

 性的指向・性自認に関連して、差別的な言動や嘲笑、いじめや暴力などの精神的・肉体的な嫌がらせを行うことをS0GIハラと呼んだりしますが、このようなハラスメントを禁止することを明記し、方針の明示や周知することが考えられます。下記は厚生労働省のモデル就業規則からの抜粋です。

(職場のパワーハラスメントの禁止)
第12条 職務上の地位や人間関係などの職場内の優越的な関係を背景とした、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により、他の労働者の就業環境を害するようなことをしてはならない。

(セクシュアルハラスメントの禁止)
第13条 性的言動により、他の労働者に不利益や不快感を与えたり、就業環境を害するようなことをしてはならない。

(妊娠・出産・育児休業・介護休業等に関するハラスメントの禁止)
第14条 妊娠・出産等に関する言動及び妊娠・出産・育児・介護等に関する制度又は措置の利用に関する言動により、他の労働者の就業環境を害するようなことをしてはならない。

(その他あらゆるハラスメントの禁止)
第15条 第12条から前条までに規定するもののほか、性的指向・性自認に関する言動によるものなど職場におけるあらゆるハラスメントにより、他の労働者の就業環境を害するようなことをしてはならない。

(厚生労働省「モデル就業規則」令和3年4月)

 厚生労働省のパンフレット「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました!」では、ハラスメント規程の詳細版も載っていますので、こちらもご参考ください。
 また、各企業において、ハラスメント相談窓口を設置していると思いますが、S0GIハラの相談を含むことが考えられます。窓口担当者にはLGBTに関する教育も必要になるでしょう。また、窓口担当者に限らず、従業員や経営陣に対しても研修を行うことで、偏見をなくし、多様性を大切にすることの重要性を理解してもらうことも重要です。

③社会保険の取扱い

 厚生労働省は2017年に性同一性障害と診断された人の健康保険証について、「通称名」の記載を認める通達を示しました(「被保険者証の氏名表記について」平成29年8月31日・保保発0831第3号・保国発0831第1号・保高発0831第1号)。これは、保険者がやむを得ないと判断した場合で、被保険者証の表面には通称名を、裏面に戸籍上の氏名を記載することなどが条件となっています。また、健康保険証の性別についても裏面に戸籍上の性別を記載し、表面には裏面参照とする取扱いもあるようですので、希望があった場合は、各保険者に確認しながら手続を行ってください。
 一方、同性のパートナーが、健康保険の被扶養者や国民年金の第3号被保険者(第2号被保険者の配偶者で生計維持されるもの)になれるかについては、未だ法整備がなされておらず、なれないというのが現状です。というのも、ここでの「配偶者」とは、法律上の配偶者だけでなく、婚姻の届出をしていないが「事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む」とされています。しかし、日本の法制上、法令上の性別が同じ者同士の婚姻が認められていないことから、同性パートナーは含まれないという取扱いがなされています。介護休業の対象となる家族の範囲も同様と解されるため、介護休業給付金なども対象にならないと考えられます。

④企業内の福利厚生(通称姓使用、家族手当など)

 上述の社会保険とは異なり、企業内の福利厚生については、企業が独自に定めることができます。
トランスジェンダーの場合、性自認に沿った名前を名乗りたいという希望が出ることがあります。最近では、旧姓使用を認める企業も多くありますが、併せて通称姓使用も認めることとしてもよいでしょう。この場合「通称姓使用規程」などに定め、周知しておくことが考えられます。
 また、健康保険の被扶養配偶者に家族手当を支給するといった定めの場合、同性パートナーは家族手当の対象になりません。このような家族手当の適用範囲の見直しと併せて、別居手当、慶弔休暇、弔慰金、介護休業の対象となる家族の範囲も社内制度では対象にしておくという方法があります。証明書類は、事実婚と同様のものを提出させることが原則的な考え方です。自治体によっては同性パートナーシップ証明を出している所もあります。

⑤服装について

 トランスジェンダーの場合、自分の性自認の通りの服装や身だしなみにしたいという希望があります。
 まず、服装に関する事案では、女性の服装、容姿で出勤しないよう命じた業務命令に従わなかったことが、懲戒解雇の相当性が認められないとされたS社(性同一性障害者解雇)事件(東京地決平14.6.20労判830-13)があります。裁判所は、会社が、X(生物学的性別は男性・性自認は女性)の性同一性障害に関する事情を理解し、Xの意向を反映しようとする姿勢を有していたと認められないこと、また会社において、Xの業務内容、就労環境等について、申出に基づき、Xと会社双方の事情を踏まえた適切な配慮をした場合においても、なお、女性の容姿をしたXを就労させることが、会社における企業秩序又は業務遂行において、著しい支障を来すと認めるに足りる疎明はないとしました。
 化粧については、性同一性障害のタクシー乗務員Xの化粧を理由とした就労拒否の合理性が争われた裁判例(淀川交通(仮処分)事件・大阪地裁決令2.7.20労判1236-79)があります。本件では、X(生物学的性別は男性・性自認は女性)に対しても、女性乗務員と同等に化粧を施すことを認める必要があると判断されました。裁判所は「本件身だしなみ規定は、…その規定目的自体は正当性を是認することができる」とした上で、「しかしながら、本件身だしなみ規定に基づく、業務中の従業員の身だしなみに対する制約は、無制限に許容されるものではなく、業務上の必要性に基づく、合理的な内容の限度に止めなければならない」としています。
 以上によると、身だしなみを制約するのであれば、業務上の必要性に基づく、合理的な内容の限度で行う必要があります。性同一性障害の特性を考慮すれば、会社は、本人の事情を理解し、意向を反映していくよう配慮する必要があると考えます。その中で、接客業などで混乱を招くことが予想される場合には、本人と協議して解決策を検討することになります。
 制服も上述の考え方を参考に、本人の意向と業務上の必要性などから検討していく必要がありますが、この機会に制服の在り方を見直すというのも一考です。例えば、学生の制服では、ジェンダーレスやトランスジェンダーへの配慮のため、選択制にする学校も出てきています。制服自体をジェンダーレスなものに見直すというも一つでしょう。
 さらに、最近では制服を廃止する企業も出てきています。制服は更衣室の設置なども必要になりコストがかかりますし、女性だけが制服を着用している場合、男性は自費でスーツを購入するのに対し女性は服飾費がかからないという不平等感や、さらには性別役割分担の一因になっている可能性もあります。そもそも、何のために制服着用が必要なのか、メリット、デメリット等も検討し、業務上の必要性が高くないであれば、廃止もあり得ると考えます。

⑥トイレ

 トランスジェンダーの場合、自分の性自認の通りのトイレを使用したいという希望が出てくることがあります。
 国・人事院(経産省職員)事件(東京高判令3.5.27)は、性同一性障害である職員X(身体的性別は男性・性自認は女性)に関し、女性の服装での執務は認めたものの、トイレについては、2階離れた女性トイレのみ使用認めたこと、及び上司の発言(手術を受けないんだったら、服装を男のものに戻してはどうか等)について、Xが国に損害賠償責任を求めた事案です。一審は女性用トイレの使用を制限したこと及び上司の発言について、国に慰謝料など132万円の支払が命じられました。しかし、控訴審では、女性トイレの使用については、違法性は認められないとして、覆りました。その事情として「経産省としては、他の職員が有する性的羞恥心や性的不安などの性的利益も併せて考慮し、Xを含む全職員にとっても適切な職場環境を構築する責任を負っていることも否定し難いのであり、(本件トイレの処遇は)、上記の責任を果たすための対応であったというべきである」とし、併せて、同省が顧問弁護士の助言、Xの希望やXの主治医の意見も勘案し、よりXの希望に沿う対応方針を作成するなどして、トイレの処遇を実施していたことがあげられています。
 このケースでは、一審も控訴審も、性自認に基づく社会生活を送ることの法的利益の存在は肯定しています。しかし、控訴審では、他の女性職員の性的羞恥心や性的不安を重視しての判断がなされており、この点も軽視することはできません。
 実務対応策の一つは、最近、設置が進んでいるバリアフリーなどの多目的トイレを使用してもらうことです。しかし、他の女性社員と同じように女性トイレを使いたいという希望がある場合は、他の女性社員の理解を得る必要があります。すぐに理解が得られない場合は理解が得られるよう引き続き努力するとともに、国・人事院(経産省職員)事件のように、他の専門家の意見なども参考にしながら、本人とも協議し、折り合いをつけていく必要があります。

⑦アウティングと情報の取扱

 上述の通り、労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露することを、アウティングといい、パワハラ指針において、パワハラに該当することが明記されましたので、注意が必要です。
 LGBTに関する情報は、医師の診断があれば要配慮個人情報に該当すると考えられます。従って、要配慮個人情報の取得時に必要な要件として、利用目的の明示だけでなく、本人の同意が必要になります。また、仮に取得しても、第三者提供はオプトイン(本人の事前同意)であって、オプトアウトは認められません。また、要配慮個人情報に当たらないケースでも、機微情報にあたると考えられるため、要配慮個人情報と同等の対策をとっておくことが望まれます。
 以上から、不必要な情報は収集せず、取得した場合は、共有してもよい範囲を本人に聞いて、あらかじめ同意を得ておく必要があるでしょう。