Ⅰ.物価高と賃上げ

物価が上昇していますが、ベースアップやインフレ手当の考え方を教えて下さい。

ベースアップは、物価上昇によって目減りする賃金の実質的水準確保、生活向上、生産性向上等を勘案して、賃金表を改定することで、賃金表を書き換える作業になります。ベースアップを行う際は、自社の課題を検証し、定額配分と定率配分の割合、調整配分等を検討します。
インフレ手当には、一時金と月々支払うケースがあります。定額のインフレ手当は決定スピードが速く、従業員にも分かりやすいというメリットがありますが、必要な層に適切に配分されているかといった点の確認をしておくとよいでしょう。また、社会保険料の負担なども考慮に入れる必要があります。

ベースアップと昇給、育児休業と休日の給付金・社会保険料の取扱い | トラストリンク社会保険労務士事務所

1.物価上昇と2023春闘

  経団連は2023年の春闘で、基本給を一律に上げるベースアップ(ベア)などによる積極的な賃上げを呼びかける方針を打ち出しています。物価高で目減りする働き手の実質賃金の底上げを図り、景気回復につなげたいという考えがあります。
 一方、連合はベアと定期昇給を合わせて5%程度の賃上げを求めています。これは1995年以来の高い要求ですが、5%のうち、2%は定昇分、ベア相当分は3%です。しかし、消費者物価指数(生鮮食品を除く)の前年同月比上昇率は、9月は3%、10月には3.6%に達しました。つまり、ベア3%が実現しても、現状をキープできるかどうかという数字です。
ベアについては、1990年代後半のアジア通貨危機以降、雇用の余剰に苦しんだ企業ではリストラが行われ、連合もリストラを恐れたことから、ベアゼロが常態化していました。2013年の官製春闘によりベアは伸びはじめましたが、水準は低いものでした。定昇などベア以外の昇給は年1.8~1.9%台であるのに対し、2018年には3%賃上げという数値目標が突き付けられことから18年のベアは0.4%台になったものの、その後は新型コロナウイルス感染拡大のため20年、21年は0.1%台でした。
主要企業の賃上げ率は、直近で最も高かった15年の2.38%を超えるかどうかが一つの焦点になるとも言われております。物価上昇と、少子高齢化による人手不足が進んでいく中で、中小企業を含め、各社が賃金の増額や賃金制度の見直しを迫られることになりそうです。本号では賃金見直しについて取り上げます。

【図表1】賃金アップの事例

ニコン
  • 基本給平均3%引上げ
  • 賞与も増やし年収は平均5%増
  • 管理職、高度専門人材の給与引き上げ、成績に応じて賞与の差を最大で2.8倍に。
  • 大卒以上の初任給を2万円引き上げる。学士卒の場合は23万円となる。
  • 短大・高専卒と高卒の初任給もそれぞれ1万5000円、1万円増やす。

(ニコン、年収最大2割アップ 医療など高度人材獲得へ 日経新聞朝刊2022.9.28)

岩井コスモHD
  • 賃上げ率は定期昇給とベースアップ(ベア)などを合わせて最大4%超を想定
  • 賃上げの内訳は定期昇給とベアがそれぞれ1.5%、20代半ばまでの若手社員向け手当が1%程度を予定
  • 2023年7月に予定していた賃上げの時期を同年1月に半年前倒しする方針
  • 2022年7月にも3%の賃上げを実施した

(岩井コスモHD、物価高で賃上げ前倒しへ 最大4%超 日経新聞朝刊2022.10.21)

いちご
(不動産運用)
  • グループ会社を含む正社員約300人を対象に賃金のベースアップ(ベア)を9月に実施
  • 基本給を平均5%引き上げた
  • 年収が低い層には増額率を高めて生活を支援

(不動産運用のいちご、平均5%賃上げ インフレ対策で 日経新聞朝刊2022.10.21)

日本乾溜工業
(土木建設)
  • ベースアップを実施し、正社員について5.4%引き上げた。
  • 大卒初任給も5000円上げ
  • 平均年収(44歳7カ月)は510万円が530万円程度になる見通しで、大卒初任給は20万5000円になる。
  • ベアは社員約260人のうち、管理職や契約社員を除いた約200人を対象に実施

(日本乾溜工業、ベア5.4% 人材争奪で国制度に上積み 日経新聞朝刊2022.11.2)

ロート製薬
  • ベースアップを実施し、正社員について5.4%引き上げた。
  • 社員一人あたりの年収を平均7%引き上げる
  • 10月から人事・報酬制度を見直し、年功序列的な要素など社員の役割や業績への貢献度に直接関わらない部分を修正していく
  • 他社の状況を参考にして、職種ごとに報酬の水準を決めていく
  • 「政府が賃上げを後押ししており、年収を4%以上引き上げると税金を一部控除する枠組みもある」ことも賃上げの背景として挙げた

(ロート製薬、平均7%賃上げ 人事・報酬制度見直し 日経新聞朝刊2022.11.10)

2.ベースアップ

(1)定期昇給とベースアップ

定期昇給とベースアップは次のように整理されます。

◆定期昇給(定昇)

 前年の賃金表(年齢給、職能給、勤続給等)上で当然に実施される改定です。現在の賃金制度の中でルールに基づいて当然に実施されるもので、賃金水準そのものを上げるわけではありません。

◆ベースアップ(ベア)

 物価上昇によって目減りする賃金の実質的水準確保、生活向上、生産性向上等を勘案して、賃金表を改定することです。ベースアップは現在の賃金表を書き換える作業になります。
定昇とベアの進め方は、一般的には定昇がさき、ベアが後ということになります。すなわち、賃金交渉の本来の手順は、2月に組合員全員の定昇の計算、3月に労働組合は定昇とベアを併せて要求、3~4月交渉妥結するという流れです。妥結すれば、定昇を除くベア幅が決まり、ベア幅で賃金表と初任給の改定を行うことになります。

(2)ベースアップの配分検討

原資をどのように配分するかを検討します。検討するのは、主に定額配分と定率配分の割合と調整配分の在り方です。
 定額配分は率的には、若年層には高くなり、中高年層には低くなります。定率配分は額的には、若年層には低くなり、中高年層には高くなります。初任給を大きく上げる場合は、定額配分を高くします。初任給を上げる必要が無い場合は、定率配分にウェイトを置きます。

調整配分は、次の観点で検討します。

  • 年齢給の水準…設定した生計費補償の水準を超えているか
  • 能力給や役割給の水準…能力主義等が機能するレベルの水準になっているか
  • 若年層の水準…若年層(特に25~35歳)の賃金水準が中だるみしていないか
  • 中途採用者の賃金…中途採用者の賃金が同年齢の学卒者と比べて著しく低くないか
  • 女性の賃金…女性の賃金の水準が妥当か

定額配分と定率配分が決まったら、計算を行います。
  定額配分…平均賃金×ベア率×定額配分率
  定率配分…ベア率×定率配分率

【計算例】
  ベア率2% 平均賃金360,000円 定額配分:定率配分=4:6の場合
  定額配分…360,000×2%×0.4=2,880円
  定率配分…2%×0.6=1.2%

(3)ベースアップ案の作成方法

 検討した配分により、賃金表を書き換えます。作成した賃金表案から個人一覧を作成し、その結果、十分に原資を配分しきれない場合や原資をオーバーした場合は再度賃金表案を作成します。賃金表の書き換えは、次の手順で行います。

  1. 定率配分の%を賃金表に乗じて計算します。
  2. 定額配分を年齢給や能力給など、各基本給に割り振り、賃金表に加算します。
    【計算例】定額配分 2,880円 年齢給:能力給=2:8の場合
     年齢給の加算額…2,880×0.2=576円
     能力給の加算額…2,880×0.8=2,304円
  3. 調整配分を盛り込みます。
  4. 賃金表を再設計します。
     ①~③の手順で計算した賃金表は端数のある粗改定であり、そのままでは賃金表として使えません。従って、粗改定の賃金水準(18歳と40歳の課長賃金)をもって、再度賃金表を作成します。
  5. ベア一覧と改定一覧を作成します。
     賃金表の書き換えが終わったら、個人ごとの賃金について、ベースアップ一覧を作成し、全体原資を確認します。原資が余る又はオーバーする場合は、ベースアップの配分をやり直し、再度賃金表を作成、原資の確認を行います。ベースアップが完了したら、定期昇給、それ以外の改定、ベースアップを盛り込んだ改定一覧を作成します。
     ベースアップの考え方は上述の通りですが、前提として、賃金プロットを作成し、自社の課題がどこにあるのか検証を行うことをお勧めします。賃金制度が現状に合わなくなっている、一部の層の給与が低すぎるなど、その課題によって、一律のベースアップか、それとも賃金カーブの修正(例えば若年層を立ち上げ)なのかなど、対策が変わってきます。

3.インフレ手当

 経団連は、月例賃金のアップ以外にも、インフレ手当の新設や生活補助手当の増額、賞与の特別加算などの具体策を挙げています。帝国データバンクの調査では、インフレ手当の支給を予定・検討中と答えた企業は19.8%となっています。
 実際に、物価高に対応するため、従業員に特別手当を支給する企業が出てきており、物価高に対しては、一時的な手当で対応するという考え方もあります。
 一方、一時金ではなく、毎月手当を支給している企業もあります。図表2では期限を設けている企業が多いようですが、ずっと継続する場合は、一律定額のベースアップと実質的には同じと言えます。定額での支給はスピーディで分かりやすいというメリットがありますが、必要な層に重点配分されていない可能性もあります。手当支給は期限を設けておき、2のようにベースアップで適切な配分を検討したり、4で述べるような方法で賃金制度を見直すと良いでしょう。
 なお、帝国データバンクの調査によると、支給方法については「一時金」が66.6%、「月額手当」は36.2%、予定・検討中も含めたインフレ手当の一時金の平均支給額は、5万3700円ということです。

【図表2】インフレ手当の例

サイボウズ
  • インフレ特別手当
  • 勤務時間に応じて6~15万円(7~8月の間に特別一時金)
  • 全従業員(契約社員含む)
  • 基本的に毎年1月に給与を改定しているが、インフレに早急な対応が必要

(サイボウズが「インフレ手当」 国内は最高15万円支給 日経新聞朝刊2022.7.13)

ノジマ
  • 物価上昇応援手当(特別手当)
  • 毎月1万円
  • 部長級以上を除く約3000人の従業員(契約社員含む)
  • 7月15日支給の6月度分の給与から導入
  • ノジマの直近の平均年間給与は469万円だった
  • 2022年度は継続支給、23年度以降についても続ける方向で検討している

(ノジマ、物価高対策で月1万円の特別手当 3000人が対象 日経新聞朝刊2022.7.22)

金谷ホテル
観光
  • 毎月の給与に手当を上乗せ
  • 毎月6000円
  • 全従業員
  • 契約社員やパートタイマーには勤務した日数や時間に応じた額の手当
  • 期間は2023年6月まで

(金谷ホテル観光など、物価高騰で手当 社員に月6000円 日経新聞朝刊2022.10.4)

エレコム
  • 特別手当
  • 毎月5000円
  • パート従業員も時給を30円引き上げ
  • 2023年4月からは特別手当を基本給に組み込む方針で、基本給を一律で1%相当引き上げる事実上のベースアップとなる。
  • 24年以降も月額5000円の手当に相当する分を支給し続けるかは、物価高などの進展を見て判断
  • このほか通常の賞与とは別に、業績と連動する一時金を一律支給することも検討
  • 特別手当とあわせると、最大で5%超の給与引き上げとなる可能性がある

(エレコム、物価高受け月5000円の特別手当 生活支援で 日経新聞朝刊2022.10.20)

家電のドウシシャ
  • 特別手当
  • 毎月5000円
  • 特別手当
  • 月額1万円
  • パート従業員も11月の支給分に一時金1万円を支給する
  • 11月支給の10月度分の給与から手当分が加算されることになり、2023年10月まで支給
  • 一連の措置の対象は正社員やパートらを含めて約1300人

(家電のドウシシャ、物価高で社員に特別手当 月額1万円 日経新聞朝刊2022.11.10)

アサヒビール
  • 外食支援金
  • 3万円を12月に支給
  • 社員3200人を対象
  • アサヒビール取扱店などでの積極的な外食を促す。使途は強制していない。
  • 2023年の春季労使交渉では基本給を一律で底上げするベースアップを含め5%程度の賃上げを検討する。

(アサヒ、「外食支援」の手当3万円支給 社員3200人に円 日経新聞朝刊2022.11.21)

 なお、このような特別手当を支給する場合、社会保険料等の取扱にも注意する必要があります。
 物価上昇対応の1回限りの一時金として調査し、当局に確認した取扱いは次の通りです。

労働基準法 賃金に該当するとしても、臨時の賃金であるため、割増賃金の算定基礎の対象にならない。
労働保険 ルール化していない場合は、賃金に含まれない。
社会保険 生活維持、給与の補填であることから報酬になるため賞与として届け出る。

 一方、毎月支給する場合は、次のような取扱いになると考えられます。

労働基準法 割増賃金の算定基礎の対象になる。
労働保険 賃金に含まれる。
社会保険 報酬となり、固定的賃金の変動として月額変更届の対象となる。

 いずれも、各社の手当内容により、取扱いが異なる可能性がありますので、実際に支給を検討される場合は、専門家や当局にご相談下さい。

4.人事制度の見直し方法

 賃金検討を契機に、評価方法や、役割給を導入するなどの人事制度の見直しが必要になる場合もあります。人事制度全体を見直す場合の手順の例です。

  1. 人事ポリシーのすり合わせ
    会社の経営方針、目標などから、求める人材などを明文化します。
  2. 等級フレームの構築
    従業員の会社におけるレベルを測る際のモノサシとなるものです。典型例は、能力(保有能力)ですが、最近では、実力(発揮能力)や役割で、等級を決めることもあります。能力と役割の両方を取り入れたハイブリット型の設計をする所もあります。階層、等級、昇格方式、滞留年数、モデル年数、等級定義などを検討します。等級定義は各等級のあるべき姿を記載し、これが評価制度の元にもなります。また、仕事調べを行い、部署別職務一覧表等を作成します。どんな仕事をこなせるようになると何等級に該当するのか把握できるようになります。
  3. 評価制度の構築
    従業員の働きぶりを複数の視点より公平・公正に評価できるよう制度を構築します。評価項目としては、仕事ぶりやその結果、勤務態度(規律性、責任性、協調性、積極性)、能力(又は実力や役割)などです。それぞれ何を評価項目にするのか、人事考課項目のウェイト、評価段階、総合評価などを検討します。併せて、昇格要件、また実力で評価する場合は降格要件も検討することになります。役割の場合は、会社がその役割に任命することになりますので、役割に応じて等級などが変わります。
  4. 賃金制度の構築
    賃金や賞与の仕組みをガラス張りにし、何に対して賃金、賞与、手当が支払われるのかを明確にする作業です。生活の将来設計を容易にし保障すること、頑張れば報われる仕組みであることが重要です。賃金プロットで支給水準を確認し、基本給の項目(能力給、実力給、役割給、勤続給など)、手当を整理(要否)し、基本給ピッチに割振り、基本給表の作成、賞与制度の検討、シミュレーションなどを行います。
  5. 就業規則に規定化
    制度を就業規則、賃金規程、人事考課規程などに規定化します。
  6. 人事制度解説書作成
    規則には運用の細かいルールまで網羅することができませんので、マニュアルを作成します。
  7. トライアル
    トライアル説明会や考課者訓練を行い、試験的に短期間、一部従業員の評価をしてもらいます。トライアル評価期間終了後、評価しにくい、やりづらいところなどをあげてもらい、修正を行います。
  8. 説明会
    管理職と一般社員を分けるなどして、全従業員への説明会を行い、新制度をスタートします。

Ⅱ.休日と育児休業、給付金、社会保険料免除の関係

 9月のレポートで育児休業の社会保険料免除の改正について取り上げましたが、その後よくご質問いただく点について、補足しておきます。社会保険料免除については「育児休業等中の保険料の免除要件の見直しに関するQ&A」(厚生労働省令和4年3月31日。以下「Q&A」という)もご参考ください。

①産後パパ育休の日数に休日、又は就労した日数は含まれるのでしょうか?
これらの②給付金、③社会保険料免除の取扱いについても教えて下さい。

  1. 育児介護休業法では産後パパ育休の上限について「四週間以内の期間を定めてする休業」としています。この4週間とは「暦日計算」による28日間のことを言います。従って、休日、就労日を含めて4週間をみます。
  1. 給付金
    休日は給付金の対象になります。
    就労した場合、就労可能な日数又は時間の範囲内であれば、給付金の対象外になることはありませんが、支払われた給料額に応じて、給付金が減額されることがあります。
  1. 社会保険料免除
    育児休業期間中に、休日などの労務に服さない日が含まれていても、差し引かず、育児休業の日数に含まれます。
    産後パパ育休の場合、保険料免除の14日要件の判定は、就業した日数は除かれます。ある月の月内に開始日と終了予定日の翌日がともに属する育児休業等が複数ある場合、就業日数を除いた当該月の「合計育児休業等日数」が14 日以上であれば(休業は連続していなくても可)、当該月の保険料が免除されます(Q&A問8)。
    一方、育児休業の場合、産後パパ育休のように一部就労可能な制度にすることは法律で許されていません。しかし、育児休業期間中に一時的・臨時的に就労が必要になる事態も考えられます。このように、育児休業期間中に、一時的・臨時的に就労した場合については、限定的な状況であることから事後的に育児休業等日数の算定から除く必要はないとされています(Q&A問13)。ただし、育児休業等開始当初よりあらかじめ決められた日に勤務するような場合は一時的・臨時的な就労には該当せず、育児休業等をしていることとはならないことに留意することとされています(Q&A問13)。

当社では年末年始は、12月30日~1月3日までを休日と定めています。社員からこの期間に育児休業の申出がありました。①育児休業はとれますか?
また、②給付金、③社会保険料免除の取扱いについても教えて下さい。

  1. 育児休業
    1日も労働日が入っていない場合(12月30日~1月3日)は、休日は既に労働義務が免除されているため、育児休業することができません。一方、1日でも労働日が入っている場合(12月29日~1月3日)は、育児休業することができます。
  2. 給付金
    1日も労働日が入っていない場合(12月30日~1月3日)は、給付金は出ません。
    1日でも労働日が入っている場合(12月29日~1月3日)は、給付金の対象になります。
  3. 社会保険料免除
    社会保険料免除の対象となるのは、育児介護休業法の育児休業と同法に規定する企業による育児休業制度に準ずる措置です(Q&A問1)。1日も労働日が入っていない場合(12月30日~1月3日)は、同法に規定する育児休業でありませんので、末日に休んでいても、保険料免除の対象外です。