通勤途上や業務中に脳卒中により倒れた場合の通勤災害・業務災害について

  1. 出勤途中、脳卒中で倒れたと連絡がありました。家族からは出勤途中なので、通勤災害で労災申請できるのではないかと言われたのですが、通勤災害に当たるのでしょうか。
  2. 勤務時間中に社内で脳卒中により倒れたのですが、業務災害に該当しますか。

  1. 外傷性のものでない場合、通勤災害には該当しないと考えます。
  2. 勤務時間中に社内で倒れたというだけでは、業務災害とはなりません。
    まずは主治医がどのような診断をしたのか、病名や外傷性かどうか等を確認する必要があります。外傷性のものでない場合は、業務災害に該当するような過重な仕事をしていたのかといった点も、調査・確認する必要があります。過重労働の無いケースでは業務災害となる可能性は低いでしょう。会社は申出者に対し、通勤災害、業務災害の考え方や、業務災害の「脳・心臓疾患の労災認定基準」の説明を丁寧にするとよいと考えます。

脳卒中と通勤災害・業務災害

1.通勤災害とは

 通勤災害とは、労働者が通勤により被った負傷、疾病、障害又は死亡を言います。この場合の「通勤」とは、就業に関し、原則として住居と就業の場所との間の往復を、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くとされています。
 また、移動の経路を逸脱し、又は移動を中断した場合には、逸脱又は中断の間及びその後の移動は「通勤」とはなりません。ただし、逸脱又は中断が日常生活上必要な行為であって、厚生労働省令で定めるやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合は、逸脱又は中断の間を除き「通勤」となります。
 このように、通勤災害とされるためには、その前提として、労働者の就業に関する移動が労災保険法における通勤の要件を満たしている必要があります。

2.通勤災害の疾病

 通勤災害のうち、負傷の場合は、労働提供のための通勤途上で発生したものとして業務との関連性が認められることになりますが、疾病については、たまたま通勤途上で発症したとしても、業務との関連性は分かりにくいものとなります。
 通勤による疾病の範囲は、厚生労働省令で定めるものに限るとされており、同省令では「通勤による負傷に起因する疾病」「その他通勤に起因することの明らかな疾病」と定められていますが、通勤と疾病との因果関係を証明するのは難しく、具体的な範囲は業務上の疾病のように列挙されていません。
 例えば、寝坊のため急いで自転車で約500メートル先の駅へ向かった後、駅構内の階段で倒れているのを発見され急性心不全により死亡したケースについて「『通勤による疾病』とは、通勤による負傷又は通勤に関連ある諸種の状態(突発的又は異常なできごと等)が原因となって発病したことが医学的に明らかに認められるものをいうが、本件労働者の通勤途中に発生した急性心不全による死亡については、特に発病の原因となるような通勤による負傷又は通勤に関連する突発的なできごと等が認められないことから『通勤に通常伴う危険が具体化したもの』とは認められない」(昭和50.6.9基収4039号)としています。
 一方、会社からの帰途上、歩道橋を下っていたところ、足を滑らせ転倒し、頭部を強打し「外傷性くも膜下出血」等を診断されたケースで、通勤災害として療養給付及び休業給付が認められた例はあります。しかし、外傷性ではないくも膜下出血などの脳卒中では、通勤途上で倒れたとしても通勤災害には該当しないと考えられます。
 従って、ご質問のような相談があった場合、まず外傷性のものであるかどうかが確認ポイントとなってきます。

3.業務災害

 労働者災害補償保険法は、通勤災害と業務災害を区別しています。業務災害とは、労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にあることに通常伴う危険が現実化したために起きた災害をいいます。業務災害においては、「業務上の疾病」が具体的に定められており、脳・心臓疾患については、仕事が過重であるなど一定の要件に該当する場合には、業務災害と認められます。
 従って、通勤途中に脳卒中で倒れた場合であっても、業務災害に該当するかどうか、すなわち発症前に過重労働があったかを確認する必要があります。
 また、業務時間中に社内で脳卒中により倒れた場合も、社内で倒れたというだけでは、外傷性のものを除いては業務災害とはなりません。しかし、過重労働をしていた場合は、業務時間内外問わず、業務災害に該当する可能性があります。

4.業務災害

 脳・心臓疾患が労災に該当するかどうかは、いわゆる「脳・心臓疾患の労災認定基準」(令和3年9月14日基発0914第1号)に基づいて判断されます。以下、「脳・心臓疾患の労災認定」(厚生労働省パンフレット)を参考にその概要をご説明します。

(1)基本的な考え方

 脳・心臓疾患は、その発症の基礎となる動脈硬化、動脈瘤などの血管病変等が、主に加齢、生活習慣、生活環境等の日常生活による諸要因や遺伝等の個人に内在する要因により形成され、それが徐々に進行・増悪して、あるとき突然に発症するものです。
 しかし、仕事が特brに過重であったために血管病変等が著しく増悪し、その結果、脳・心臓疾患が発症することがあります。
 このような場合には、仕事がその発症に当たって、相対的に有力な原因となったものとして、労災補償の対象となります

(2)基本的な考え方

 脳・心臓疾患の認定基準の対象疾病は、以下のとおりです。

脳血管疾患 虚血性心疾患等
  • 脳内出血(脳出血)
  • くも膜下出血
  • 脳梗塞
  • 高血圧性脳症
  • 心筋梗塞
  • 狭心症
  • 心停止(心臓性突然死を含む。)
  • 重篤な心不全
  • 大動脈解離

(「脳・心臓疾患の労災認定」厚生労働省パンフレット)

(3)認定要件

 以下のいずれかの「業務による明らかな過重負荷」を受けたことにより発症した脳・心臓疾患は、業務上の疾病として取り扱われます。

過重負荷
業務による明らかな
認定要件1
長期間の過重業務
認定要件2
短期間の過重業務
認定要件3
異常な出来事
発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと 発症に近接した時期において、特に過重な業務に就労したこと 発症直前から前日までの間において、発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと

(「脳・心臓疾患の労災認定」厚生労働省パンフレット)

「業務による明らかな」とは
発症の有力な原因が仕事によるものであることがはっきりしていることをいいます。

「過重負荷」とは
医学的経験則に照らして、脳・心臓疾患の「発症の基礎となる血管病変等」を、その「自然経過」を超えて「著しく増悪」させ得ることが客観的に認められる負荷をいいます。

発症の要因
業務による明らかな
過重負荷
業務以外による
過重負荷
発症の基礎となる
血管病変等の自然経過
労災認定 労災にはなりません

(「脳・心臓疾患の労災認定」厚生労働省パンフレット)

(4)認定要件の具体的な判断

【認定要件1】長期間の過重業務
 発症前に長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したことです。評価期間は、発症前おおむね6ヶ月間で、業務の過重性の具体的な評価をするには、労働時間のほか、労働時間以外の負荷要因について検討します。

◆労働時間の評価
  1. 発症前1カ月間から6カ月間にわたって、1カ月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性が弱いと評価できること
  2. おおむね45時間を超えて時間外労働が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること
  3. 発症前1カ月間におおむね100時間または発症前2カ月間から6カ月間にわたって、1カ月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合には、業務と発症との関連性が強いと評価できること
労働時間と労働時間以外の負荷要因の総合的な評価

 上記③の水準に至らないがこれに近い時間外労働が認められる場合には、特に他の負荷要因の状況を十分に考慮し、そのような時間外労働に加えて一定の労働時間以外の負荷が認められるときには、業務と発症との関連性が強いと評価できること

「脳・心臓疾患の労災認定」厚生労働省パンフレット

(「脳・心臓疾患の労災認定」厚生労働省パンフレット)

 労働時間以外の負荷要因では、勤務時間の不規則性、事業場外における移動を伴う業務、心理的負荷を伴う業務、身体的負荷を伴う業務などの具体的な例があげられています(資料1)。
特に、令和3年9月に改正で追加された「心理的負荷を伴う具体的出来事」の表(別表2)は、精神障害の労災認定基準のような具体的なものになっています。これにより、従来の長時間労働に重きが置かれていたいわゆる過労死ラインに加えて、労働時間以外の負荷要因を総合的に判断することで、より柔軟に労災認定できるようになりました。

【認定要件2】短時間の過重業務
 発症に近接した時期において、特に過重な業務に就労したことです。評価期間は発症前おおむね1週間で、業務の過重性の具体的な評価をするには、労働時間のほか、労働時間以外の負荷要因について検討します。

◆業務と発症との時間的関連性
  1. 発症直前から前日までの間の業務が特に過重であるか否か
  2. 発症直前から前日までの間の業務が特に過重であると認められない場合であっても、発症前おおむね1週間以内に過重な業務が継続している場合には、業務と発症との関連性があると考えられるので、この間の業務が特に過重であるか否か
◆業務の過重性の具体的評価

 労働時間の長さは、業務量の大きさを示す指標であり、また、過重性の評価のもっとも重要な要因とされています。評価期間の労働時間は十分に考慮し、発症直前から前日までの間の労働時間数、発症前1週間の労働時間数、休日の確保の状況等の観点から検討し、評価します。
 認定基準では、業務と発症との関連性が強いと評価できる例として、次のものをあげています。

  1. 発症直前から前日までの間に特に過度の長時間労働が認められる場合
  2. 発症前おおむね1週間継続して深夜時間帯に及ぶ時間外労働を行うなど過度の長時間労働が認められる場合 等
    (いずれも、手待時間が長いなど特に労働密度が低い場合を除く。)

 なお、労働時間の長さのみで過重負荷の有無を判断できない場合には、労働時間と労働時間以外の負荷要因を総合的に考慮して判断します。

【認定要件3】異常な出来事
 発症直前から前日までの間において、発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したことです。異常な出来事として次があげられています。

  1. 精神的負荷 極度の緊張、興奮、恐怖、驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす事態
  2. 身体的負荷 急激で著しい身体的負荷を強いられる事態
  3. 作業環境の変化  急激で著しい作業環境の変化

 通労基署の労災認定の流れとして、発症前に異常な出来事が無ければ、発症前の1週間の状況を確認し、それも過重性が無ければ、発症前の6ヵ月間の状況を確認するといったことが行われます。また、労働者や遺族から発症前6ヵ月間に残業が多かったといった申し出があれば、その間の勤務状況等を調査することになります。

5.実務上の留意点

 ご質問のような申出が、労働者(死亡の場合遺族)からあった場合、まずは主治医がどのような診断をしたのか、病名や外傷性かどうか等を確認する必要があります。外傷性のものでない場合は、業務災害に該当するような過重な仕事をしていたのかといった点も、調査・確認する必要があります。過重労働の無いケースでは業務災害となる可能性は低いでしょう。会社は申出者に対し、通勤災害、業務災害の考え方や、業務災害の「脳・心臓疾患の労災認定基準」の説明を丁寧にするとよいと考えます。
 それでも、労災申請をしたいという場合は、労災請求権は労働者(又は遺族)にありますので、ご本人に申請するか委ねます。この場合、労災申請書には事業主が証明する欄がありますので、証明できない欄の番号は消して提出する方法があります。また「災害の原因及び発生状況について、当社の認識している状況とは相違するので署名押印できない」との理由書を提出する方法もあります。

資料1

実務上の留意点 実務上の留意点

(「脳・心臓疾患の労災認定」厚生労働省パンフレット)