飲食業の会社を経営しており、毎月従業員が残業しています。固定残業代を導入したいと思っているのですが、どのような点に気を付ける必要がありますか?

固定残業代を導入する場合は、就業規則、労働条件通知書、給与明細などに①その金額、②固定残業代に含まれる時間数、③残業代としての性格、④実働が含まれる時間数を超えた場合に差額支給する旨を明示することなどが必要です。実際に、実働時間が含まれる時間数を超えた場合には差額支給が必要です。
 従前の賃金総額を変えずに固定残業代を導入する場合は、不利益変更の問題もでてきます。固定残業代の導入については、専門家に相談した方が良いでしょう。

【1】固定残業代とは

労働基準法では、時間外労働をした場合には、通常の賃金の25%以上(大企業では60時間超は50%)の割増賃金を支払わなければならないとされています(Q2 割増賃金参照)。
 この時間外割増賃金を毎月定額で支払う方法が固定残業代制で、固定残業手当、みなし割増賃金などとも呼ばれます。行政解釈も、労働者に対して実際に支払われた割増賃金が法所定の計算による割増賃金を下回らない場合いは、法違反とならないとしており、固定残業代制も、法所定の割間賃金を下回らなければ適法と言えます(昭和24・1・28基収3947号参照)。
 残業代の計算上、①家族手当、②通勤手当、③子女教育手当、④住宅手当、⑤別居手当、⑥臨時に支払われた賃金、⑦1カ月を超える期間毎に支払われる賃金は、残業代の算定基礎からの除外を認めており、それ以外の営業手当や役職手当、精皆勤手当等は算定基礎の対象になります。しかし、営業手当を固定残業代として支払う場合、それ自体が割増賃金の性質を有していますので、算定基礎賃金から除外されます。その結果、固定残業代を超えた場合に支払われる残業代を計算する時の算定基礎賃金が下がるため、割増賃金の抑制策として、導入している企業もあるのです。

【2】固定残業代の明示方法と注意点

 固定残業代を採用している場合において、「基本給35万円(固定残業代を含む)」といった明示しかしていない場合は、問題があります。これでは、どこまでが通常の労働時間の賃金で、どこからが残業手当なのか計算ができず、残業代の不払い問題などが出てきます。最近の判例でも、固定残業代制をとる場合は、労働契約における基本給等の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と固定残業代とを判別することができることが必要であり、固定残業代の金額が労働基準法第37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは、使用者その差額を労働者に支払う義務を負うとしています(医療社団法人Y事件・最二小判平成29年7月7日最高裁HP)。
 また、厚生労働省は、当該判例等を踏まえ、さらに踏み込んだ解釈を示しています。

(1)基本賃金等の金額が労働者に明示されていることを前提に、例えば、時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する割増賃金に当たる部分について、相当する時間外労働等の時間数又は金額を書面等で明示するなどして、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを明確に区別できるようにしているか確認すること。
(2)割増賃金に当たる部分の金額が、実際の時間外労働等の時間に応じた割増賃金の額を下回る場合には、その差額を追加して所定の賃金支払日に支払わなければならない。そのため、使用者が「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成 29 年 1 月 20 日付け基発 0120 第 3 号)を遵守し、労働時間を適正に 把握しているか確認すること。
(「時間外労働等に対する割増賃金の適切な支払のための留意事項について」基監発0731第1号平成29年7月31日)※下線は筆者

 固定残業代の明示内容については、募集段階はもとより、労働条件通知書、就業規則、労働協約等でその内容をできるだけ具体的に明示しておくべきです。以上を踏まえた具体的な明示内容を、次にあげておきます。

  1. 固定残業代の額(基本給等とは分けてそれぞれを明示)
  2. 固定残業代に含まれる時間外労働時間数(深夜割増手当や休日割増手当も固定残業代制をとる場合、それぞれの金額、含まれる時間数)
  3. 固定残業代が時間外手当の定額払いとしての性格を有すること
  4. 固定残業時間を超える時間外労働がある場合は追加の割増賃金を支給すること

 例えば、営業手当という名称で固定残業代を支給する場合は、基本給等とは分けて営業手当の額を明示し、営業手当に含まれる残業時間数を明示します。また、営業手当が残業代の定額払いとしての性格を有すること、含まれる残業時間を超える残業がある場合は追加の割増賃金を支給することを明示します。もし、残業代のほかに、深夜割増手当や休日割増手当にも固定残業代制を採用するのであれば、それぞれにつき金額、含まれる時間数を明示しておくべきです(木下工務店事件・東京地判平成25年6月26日)。
 さらに、テックジャパン事件(最一小判平成24年3月8日労判1060号5頁)では、補足意見にて「支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならない」と述べています。従って、給与明細にも、毎月の定額残業代の額と時間数を明示しておくよいと考えます。また、「10時間(固定残業代に含まれる残業時間)を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならないと」としています(同事件・補足意見)。従って、差額支払の明示と実際に差額が発生した場合の支給も重要になってきます。
 固定残業代のトラブルの多くは、固定残業代に関する明示が不足していること、労働時間管理がルーズとなり、固定残業代がカバーしている時間を超えて残業等があってもその支払がなされていないことに原因があります。労働条件の適切な明示に加えて、労働時間管理の徹底、差額発生時の残業代の支払いなど、適切な運用も重要です。

【3】最低賃金法との関係

 最低賃金法の規制対象は、割増賃金等の変動的要素のある賃金が除かれます。すなわち、固定残業代等の変動的賃金を除いた基準賃金が、最低賃金法の求める最低賃金額以上になっている必要があります。例えば、基準賃金と固定残業代を設定する場合に、固定残業代額を大きくして、基準賃金を低くしてしまい、基準賃金が最低賃金額を割ってしまうということがないように注意が必要です。

【4】月80時間といった長時間の固定残業代の設定はできるか

 例えば、月80時間といった長時間の固定残業代を設定できるのでしょうか。この点、ザ・ウインザー・ホテルズインターナショナル事件(札幌地判平23.5.20労判1031-81)が参考となります。本件はまず、職務手当を95時間分として合意したという被告企業の主張を、証拠によって認定できないとして否定し、「無制限の合意のように見える本件職務手当の受給に関する合意は、一定時間の残業に対する時間外賃金を定額時間外賃金の形で支払う旨の合意であると解釈すべきである」としました。さらに、裁判所は、「月95時間もの時間外労働義務を発生させる合意というものは、公序良俗に反するおそれさえあるといわなければならない。したがって、裁判所としては、原告に支払われた職務手当が95時間分の時間外賃金として合意していると解釈することはできない。」としました。そして、労基法36条の上限とされている月45時間分の通常残業対価として合意されたものとして、月45時間を超えてされた通常残業及び深夜残業に対して、時間外割増手当の支払をするよう求めました。
 また、過労死の労災認定基準(平成13年12月12日基発第1063号)では、発症前1~6ヵ月間の時間外労働時間が、1か月当たり45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まるとされています。実際には、60時間以上のケースで労災認定例が増え始め、厚生労働省が発表している脳・心臓疾患の労災補償状況では、労災認定件数の8割近く近くが80時間以上のケースです。また、月80時間の時間外労働が組み込まれた勤務での新人の死が過労死とされ、放置した取締役らが損害賠償責任を負った裁判例もあります(大庄事件・大阪高判平23.5.25労判1033-24)。月80時間のような長時間の固定残業代の設定は、安全配慮義務の観点からも問題があり、行うべきではないと考えます。各企業の36協定の延長可能時間に合わせるのが、一つの方法です。固定残業代に関しては、専門家に相談するなどして、慎重に検討をして下さい。

【5】労働条件明示の記載例

 固定残業代の明示は、上記1の募集・職業紹介時の明示を遵守することはもとより、採用時の労働条件通知書及び就業規則等に適切に規定した上で、十分な説明などがトラブル防止策となります。それぞれ規定例を載せておきますので、ご参考ください。

【募集時の記載例】

  1. 基本給 320,000円
  2. 営業手当 25,000円
    (時間外労働の有無にかかわらず、10時間分の時間外労働に対する時間外手当として支給)
  3. 10時間を超える時間外労働分についての割増賃金は追加で支給
    ※深夜労働や休日労働について固定残業代制を採用する場合も同様です。
    (厚生労働省「青少年の雇用の促進等に関する新たな指針の適用が始まりました!」を参考に作成)

【就業規則 規定例】

(営業手当)
第○条 営業手当は、時間外労働手当の内払いの性格を有するものとし、第△条に基づき算出される時間外労働手当の支払いに当たっては、同算出額の合計額から営業手当を控除した額を支払うものとする。ただし、実際の時間外労働手当の合計額が営業手当の額を超える場合はその超過分を加算して支払うが、営業手当の額に達しない場合にも営業手当を減額することはない。営業手当の額及び営業手当に含まれる時間外労働時間数は、別に本人毎に定め、毎月支給する。

※固定残業代の額、固定残業代に含まれる時間外労働時間数が労働者によって異なる場合は、就業規則には基本的な定めを入れて、労働条件通知書等に具体的な固定残業代の額、含まれる時間数を明示します。

【労働条件通知書例】

【給与明細例】

基本給 320,000円
営業手当 25,000円(残業時間10時間分)
家族手当 15,000円
残業手当 50,000円(残業時間20時間分)
(総残業時間30時間-10時間=20時間)